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since 2008/9/17 ネットの片隅で妄想全開の小説を書いています。ファンタジー大好き、頭の中までファンタジーな残念な人妻。 荻原規子、上橋菜穂子、小野不由美 ←わたしの神様。 『小説家になろう』というサイトで主に活動中(時々休業することもある) 連載中:『神狩り』→和風ファンタジー 連載中:『マリアベルの迷宮』→異世界ファンタジー 完結済:『お探しの聖女は見つかりませんでした。』→R18 恋愛ファンタジー 完結済:『悪戯なチェリー☆』→恋愛(現代) 完結済:『花冠の誓いを』→童話 完結済:『変態至上主義!』→コメディー
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別の世界に旅立っちゃうんだぜ

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一度目に出会った時は、まだほんの小さな頃で、ぼんやりとしか思い出せない。
 亜麻色の髪の、フィアフィルの麓に広がる深い森に似た、優しい目をした人間の子供。どこか幼さを面影に残した少年は、母の半身とも言うべき存在だった。
 母は生まれた頃から少年と共にあり、少年と同じ時を過ごした。姉のように、妹のように。大きな翼で少年を守り、少年と共に幾多の戦場を駆けた。
 彼の名前は――
 二度目に会った時は、フィアフィルの山中だった。
深々と積もる真雪の中、頼るものもなく、彷徨っている時のことだ。
時々、何の前触れもなく荒々しい集団が現れては、血相を変えて山脈中を歩き回っていた。その手には、様々な武器が握られている。剣、槍、弓。母が過ごした場所では、珍しくもないその武器だが、錆ひとつない、鈍い光をたたえるそれが、幼竜には恐ろしく思えた。
 人に慣れ、警戒心を持たない同族の竜が近付けば、彼らは透明な瓶から、怪しげな薬を取り出し、竜へと降りかけた。途端に竜はのたうちまわるように苦しみ出して、木々をなぎ倒し、地面を抉ったあとで、ぱたりと大人しくなった。
 そして、次の瞬間には何事もなかったかのように、彼らに首を垂れていた。
 如何に人に慣れているとはいえ、簡単に生涯の半身を決めたりはしない――
 誇り高き、霊峰フィアフィルに息づく竜の言葉だ。
 自らが認めた者にしか、首は垂れぬ――
 母は、少年を誇りに思っていた。
 ぼんやりと思いだした教訓と、目の前の光景は全くもって繋がりを持たなかった。
 半身を得ることは、もっと、楽しくて、幸せなことだと幼いながら思っていた。
 楽しそうには見えない。ただひたすら、苦しみを与えられるだけ。
彼らの前に、出て行ってはいけない。
幼竜は、金色の瞳を瞬かせた。
 そんな日々が、延々とこれからも続いていくのだろう、幼いながらも、竜は漠然と考えていた。
 しかし、転機は突如訪れる。
 身も心も凍えるような、霊峰フィアフィルの山中で、この世の絶望を知ったような顔をした、人間たちが現れた時のことを今でも鮮明に覚えている。
 幼竜は、それがあの少年だと一瞬で気づいた。同じ匂い、同じ目をしていた。ただ、あの頃よりも少し大きくなっていて、優しかった目が今ではその光を無くし、曇っていることだけが竜を躊躇わせた。
 しかし、その手に握られているのは剣ではない。少年は唯一、武器を手にしていない者だった。
 奪いに来たのではない、竜はほっと尻尾を垂らした。
 武器を持たない代わりに、彼はなぜか、両手で抱える程度の大きさの、木を丸く加工した、不思議な道具を背負っていた。
 幼い竜は見たこともないそれに、一瞬で心を奪われる。
 夜、狂い咲くような月の下、辺りが静寂に包まれる頃。
 何の警戒心を抱かず、ひょこひょこと青年に近寄ると、脇に置かれたそれに、そーっと触れてみた。弓形に張られた糸のようなものが三本。爪で弾く。
 聞いたことのない、変な音がした。それが面白くて、青年が寝ているのも忘れて、夢中で音を掻きならした。はじいたり、たたいたり。しかし出る音は、やはり変だ。
 はしゃぐ幼竜に、さすがの青年も眠っていられなかったようで、苦笑を浮かべつつ起き上がる。
「ヴァイオリンが珍しい?」
 竜が首を傾げると、彼は眉根を寄せ、目を眇めた。
「ヴィーと同じ反応だ」
 どこか苦しいのか。痛いのか。
 泣きそうな顔で、竜の頭を撫でる。
――その手は、ひどく温かい。
「こんなものに興味を示すなんて、お前、変わっているな。そうだ。それじゃあ、一曲聴かせてあげようか」
 そう言って、彼は弓を取り出した。
 彼が奏でる音は、不思議と心地よい。竜が奏でた、不協な音ではなくて。
 その音色を子守唄に、竜は久しぶりに穏やかな夜を過ごした。
 あくる日。
 青年は、竜を無理やり従えようとしている一団に目をとめた。最近は連日のように現れるやつらは、今日も山脈の竜を狙って、服従の薬を使おうとしているようだった。
 青年は剣を取る。
 その剣は、竜が見てきたどんな剣よりも、美しく、気高かった。
 竜を従えることに夢中な奴らは、青年の存在に全く気付いていないようだ。
 青年は、気配を殺し、雪の上を滑るように、彼らの背後へ忍び寄る。雪の中に埋もれ、ことの成行きをじっと見極める幼い竜は、彼が通り過ぎた瞬間に、鱗がぞわりと波立つのを感じた。
 怒っている。肌で感じるほどの激情に、幼竜は目を瞠る。
 青年は迷いのない太刀筋で彼らを切りつけると、虫けらでも見るかのような目で、やつらを見下ろし嘲るように呟いた。
「実力主義、か。笑わせてくれる。力を持たぬもの故、服従の薬に頼ったか。いや、ある意味……それも実力か」
 斃れた肉塊を足蹴にし、薬入りの瓶をたたき割る。
「ヴィオラは――ドラゴンは、貴様らの玩具ではないというのに……。勝てれば、本当に何でもいいのか」
 幼竜は、瞳を瞬かせた。
 ――ヴィオラ。
(おかー……さん)
 その名に誘われるように、雪の中から這いだした。
 突如現れた幼竜に、青年は驚いたようだが、幼竜は興味深く、彼の姿をじっと見上げた。
 よく見ると、傷だらけである。
 曇りなき眼に見つめられ、青年は苦笑を浮かべた。
「お前も、こんな人目につきやすい場所にいては駄目だ。すぐに狩りの対象にされてしまうよ」
 そういって、優しく幼竜の頭を撫でると、彼はすぐさま踵を返した。
 雪上に置いた荷物を取り上げ、少年と少女を連れて、山を登っていく。
(また、置いていくの?)
 嫌だ。
(待って)
 行かないで。もっと……知りたいの――
 もっと、聞かせて。
 名前を呼ばなくては。
 名前を呼んで、引き留めないと。
 しかし、彼の名前を忘れてしまった。
 止むなく、鉤爪で襟首を掴んで、ひきとめる。
振り返る青年は苦笑を浮かべ、寂しそうに鳴く竜の頭を軽く叩いた。
 その手に頭をすりよせれば、不思議なことに安心できた。自然とわきあがる名前を、声に出してみる。
「クロビー……」
「え!?」
「クロビー?」
 驚きに目を瞠る。
 やっと発音できたのは、それだけだった。
 彼の名前は、クロヴィス。
 かつて、母の半身だった人。
 これからは多分、自分の半身になるべき人。
 竜はクロヴィスへ首を垂れた。
 パートナーとして、認めた徴だ。
「……もう一度ドラゴンに乗っても、いいのかな」
 クロヴィスは、泣き笑いのような顔をして、雪の中で反射する深紅の身体を撫でた。竜にはクロヴィスの言葉の意味するところが分からなかったが、尻尾を軽く振ってこたえた。
 この時、アリアという名前をもらう。
 理由はなんでも、G線上のアリアをきっかけにくっついてきたから、だそうだ。
 単純明快な理由だ。
 そんな竜は今、戦場を駆ける竜となった。
「ごめんねアリア。今日もまた、戦わないといけない」
 銀の鎧を身につけたクロヴィスが、アリアへこつん、と額を寄せる。
 クロヴィスを待つ、狙撃隊の二クスがあくびをこらえてそのやり取りを見ていた。
(アリアは大丈夫だよ。クロヴィスのためなら、何でもできるよ。クロヴィスを守るためなら、頑張るよ)
アリアは、クロヴィスの言葉は理解できても、うまく返せない。発することができるのは、覚えた人の名前と、簡単な単語のみである。
 時々、とても悲しそうな顔をする片割れを、アリアは黙って見守ることしかできない。
(どこか痛いの? どこか苦しいの?)
 ――アリアが、クロヴィスの痛みを全部引き受けてあげられたらいいのに。
 アリアの思いは、届かない。
 「人の言葉なんて覚えなくてもいい」、そう言ったのはクロヴィスだった。
 人の勝手な都合で、アリアが言葉を覚える必要なんてない。アリアが覚えたいと思うのなら、覚えればいい。無理強いはしないよ――
 優しく頭を撫でて、クロヴィスはアリアに言う。
 クロヴィスは優しくて、好き。
 アリアが寂しくてないた時は、任務の最中でも一晩中隣にいてくれた。
 アリアが初めての飛行訓練で怖気づいた時は、安心するまで背中を撫でてくれた。
 アリアもクロヴィスの背中を撫でて元気づけてあげたいが、鉤爪が鋭すぎて逆にクロヴィスを傷つけてしまう。
 クロヴィスが寂しそうにしている時は、背中を押して他の騎士の中に入れるが、それもなぜか逆効果だった。
(アリアがクロヴィスに与えられるものは、何?)
「敵の補給路を断つ、奇襲作戦だ。気を引き締めて行くよ、アリア」
 クロヴィスがアリアにまたがり、号令とともにアリアは翼を広げて飛び立つ。
 今日も、クロヴィスと共に、同じ景色を見られる。
それが、アリアの幸せだった。


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ドラゴンと騎士企画より

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日常
午後の陽射しは次第に濃くなり、僅かに窓から吹き込む風が心地よい。横目でちらりと外を見れば、狭い室内にいるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるほどに、清々しい群青が広がっていた。
 空に浮かぶ雲は白く輝いて、クロヴィスは目を眇めてその様を眺める。その雲を突き抜けるようにして聳える峰の頂には、夏の今でもなお、白雪の影が残っていた。いつもならば、稜線が遠目にぼんやりと浮かぶ程度にしか望めない霊峰フィアフィルが、ここまでくっきりと姿を現すとは珍しい。あそこでアリアと出会ったのを思い出し、つい感慨にふける。
 アリアの翼があれば、彼方のフィアフィルでさえ、瞬く間にたどり着く。クロヴィアを乗せていない時のアリアが全力で飛ぶ姿は、深紅の閃光のようで、美しかった。黄昏の中を低速で飛ぶ姿は舞うようで、アリアの紅と薔薇色の空が溶けあい、それもまた心を奪われる。
(いい天気だ)
 現実逃避しかけたところで、クロヴィスは頭を振った。
 今の状況に集中するべきだ。クロヴィスの目の前に座るのは、今年下級騎士になったばかりの、真新しい白い騎士服に身を包んだ新人騎士達十五名。年齢層はまばらで、上は三十、下は十くらいだろうか。
 己が騎士団に入りたての頃を思い出す。その時は、ここではなく、ここと敵対関係にある場所で、騎士になった自分を誇りに思っていた。昔のことである。
 動物調教用の、40㎝ほどの長さの黒い鞭を手持無沙汰に弄び、クロヴィスは話しを続ける。
「人間の急所がいくつかあるのはご存じでしょう。首、頚椎、胸、右腹部上方、両側背部、上肢、下肢……。特に胴体は心臓、肝臓、腎臓などの急所が集中しており、的も広く狙いやすい。肝臓、腎臓には多くの血管が集まっているので、損傷すれば大量出血を起こし、生命の危機に直結します。敵の情報を引き出したい時には――」
 彼は優雅に、机と机に挟まれた、狭い講堂の通路を歩いた。クロヴィスの重みで、ぎしり、と床が軋む音がする。
 昼飯を食べ、丁度腹も膨れた頃に机上の理論を延々と聞かされ、彼らの大半は、瞼が重くなり始めていた。クロヴィスの折角の美声も、もはや子守唄と同じ効果を発揮しているらしい。
(仕方ない……とはいえ、これは酷い)
 確かに、つまらない話かもしれない。単調な口調で語られては、眠くなって当たり前だろう。だが、こちらも貴重な時間を割いて教えに来ている。眠っていて何も学べませんでしたでは困る。
 とろんとした目で船を漕いでいるものの机を、手にしていた鞭でピシっと叩く。叩かれた騎士は、反射的に涎の垂れた顔を勢いよく上げた。クロヴィスの木漏れ日の瞳と視線がぶつかると、頬を染め、気まずそうに教本で顔を隠した。
 クロヴィスは片眉を上げ、薄い唇を釣り上げた。
(一応、恥じらいはあるのか)
「いいですか。君たちは騎士です。涎を垂らしていようが、夢の世界に旅立とうが、それだけは変わりません。騎士である以上、戦わなければなりません。食欲が満たされ、睡魔が君たちを誘惑しようと、それに打ち勝って、目の前の相手を倒すことに全力を注がなければなりません。戦場ではひとりの行動が、全員の命を危ぶませ、全員の命を救います。今ここで、君たちが眠ったところで、現状、何かが起こるわけではありません。しかし、戦場ではひとりが眠ったことで、全滅することなど珍しくない。私が今ここで教えているのは理論です。理論などつまらない――君たちはきっとそう考えているでしょう」
 ゆっくり講堂内を歩き、眠りに落ちそうな騎士の机を、鞭で叩いて回る。そのせいか、クロヴィスが通るたびに、下級騎士の間に緊張が走るようだった。
「その通り、理論は実践してこそ意味あるもの。その理論を知らなければ、実践しようもないわけですけれどね」
 口元に笑みを張り付けたままあたりを見渡す。その緑の瞳はどこか冷たく、皮肉気に騎士達を映していた。冷たい視線を向けられて、彼らは固まってしまう。
 また、やってしまったか。
 空気が冷え冷えとし、場が固まってしまったその時である。
「クロ、しごと。アリア、まってる」
 寂しそうなアリアの声が隣の騎士寮の中庭から響く。ちらりと外をのぞきこめば、書類を抱えたミュリエルと何やら話している。
 すると、ミュリエルはポケットから綺麗な銀色の包み紙に包まれた、お菓子を取りだし、アリアにあげていた。
(アリア……本当にごめん、ミュリエルもごめん)
 クロヴィスは内心謝りつつ、話しを続ける。
「私のパートナー、アリアは、理論を学ぶのが嫌いでして――」
 本来ならば、クロヴィスも今日は非番だった。偵察の任務を終えたばかりで、ようやく掴んだ休暇であったのだ。
 久しぶりに、アリアとカートライドの泉に行く約束をしていたのに、急遽仕事が入ってしまったのだ。今日指南を担当するはずだった騎士が、補給部隊に駆り出されてしまったため、代役を頼まれたのだった。
 白地に金の飾りのついた騎士服に袖を通すクロヴィスを、アリアは不思議そうな眼で眺めていた。きっと、『遊びに行く約束をしたはずなのに、何故クロビスは仕事の服に着替えているのか分からない』と思っていたのだろう。
 アリアは、人語は解するが、話せない。話せても簡単な単語と、人の名前を言えるだけである。クロヴィスも、アリアへ人語を話すことを強要しない。アリアが話したかったら、人の言葉を話せばいいし、話せなかったらそれでもいい。何より、フローレンスがいる。困ったら彼女を頼ればよいだけの話だ。
 アリアに背を向けるクロヴィスへ、アリアは甘えるように『クロビスー』と呼びかけ、軽く頭を押し付けてきた。そして長い尾をぶんぶん振り回して、乗れと言わんばかりに主張してきた。早く泉に行きたくて仕方なかったのであろう。
 そんなアリアに、仕事が入ったと告げるのは、大変心苦しかった。しかも、アリア同伴の仕事ではない、机上の講義である。アリアはしゅんと背中を丸め、クロヴィスに言われるがまま、騎士寮の中庭で待つことになった。申し訳ないと思いつつも、アリアならば他のドラゴンと仲良く遊べるだろう、他のドラゴンが寄ってきてくれれば自分もそのまま遊ぼうと、クロヴィスはそのまま仕事に向かったのだ。
 心を鬼にして仕事に来たのはいいものの、騎士寮の中庭にぽつんと佇み、講堂を見上げてくるアリアが視界にたびたび入ってきていた。
 いつものうるさいくらいの人懐っこさはどこへいったのか、騎士寮からイルとジーク騎士長が出てきても、アリアは興味を示さずに、ずっとクロヴィスのいる建物を見上げていた。
(こうなったら、さっさと終わらせるしかない)
 パートナーのドラゴンのことが絡むと、人が変わるクロヴィスである。表面上は冷静なまま、クロヴィスの脳内は既にアリアと遊ぶことで一杯であった。
 仕事を終え、中庭に急げば、人型になったフローレンスが、アリアの隣にしゃがみ込んでいた。アリアの興味はクロヴィスではなくて、フローレンスへ向いてしまったらしい。心中、複雑な思いで近寄れば、アリアは地面に何かを刻みつけていた。
「クロビス、アリア」
「そうそう、アリア上手です」
「アリア?」
 声をかければ、アリアがうれしそうに振り返る。
「クロビス!」
 尻尾をぶんぶん振り回し、アリアは空に向けて軽く炎を吐きだした。うれしさのあまりの行動だろうが、上空を飛んでいたノルニルが突然の炎のブレスに驚いている。
「良かったですね、アリア。あ、クロヴィスに見せてあげたらどうですか?」
 そう言って、アリアが見せてくれたのは、泥の塊を団子状に丸めたものだった。何となくいつもクロヴィスが与える焼き菓子に似ている。
「はい」
 何かを期待しているのか、アリアはじっとクロヴィスを見下ろしてくる。
 いくらアリアのことが大切でも、さすがに泥は口に入れられない。クロヴィスの額に冷や汗が滲む。数秒考えた後に、アリアの作ったものならば泥だんごだろうと構わない、と手を伸ばすが、そこですかさず、フローレンスが止めに入ってきた。
 アリアは小首を傾げ、目を瞬かせ少し考えてから、合点がいったようだ。のそのそと退くと、得意げにそれを見せてくれた。
(……?)
 地面に『クロヴィス・アリア』とミミズの這ったような字で書かれたところに、歪なハートと三角形が描かれている謎の印だった。
 一瞬、何かの呪いかと慄いたが、当のアリアは金色の瞳を輝かせて、クロヴィスの背中に頭をすりよせてくる。
「アリア、これは何?」
「クロビス、アリア、いっしょ!」
「当然だろう? ずっと一緒だよ」
 クロヴィスは、先ほど指南を担当していた下級騎士達が見たら間違いなく、『誰だ、お前』と言われるような眩しい笑みを浮かべ、アリアの頭を撫でた。
 後でフローレンスに聞いたところによれば、あの呪いに似た謎の印は、相合傘とのことだった。
 ミュリエルが冗談で地面に描いていったものに興味を示し、真似たのだという。




ーーーーーーーーーーー

ドラゴンと騎士企画より
登場人物:クロヴィス・エルロンド、アリア
 白刃が鋭く空を切り、騎士の喉元を切り裂いた。銀の鎧は、血飛沫を浴びて鈍く光る。絶命の声を上げる間もなく、それは崩れ落ちた。
 背後から切り掛かってきたアグリアの騎士を切り伏せて、クロヴィスは改めて状況を観察する。
 既に、勝敗は決したも同然であった。レモラ要塞の部隊はほぼ全滅、捕獲した騎士は皆縄をかけられ、一か所に集められている。ささやかな抵抗が続いているが、すでに要塞としての機能は失われている。
 そこここで発ち上る黒煙と、肉の焦げた匂い。咽かえるような香りが、要塞内部には充満していた。強化したブレス攻撃が、見張り台を焼き尽くし、城壁を無残に破壊する。ドラゴン同士の激しいぶつかり合いで、胴体から血を流した味方ドラゴンと、翼の折れ飛べなくなった敵のドラゴンが、城壁の隅で蠢いている。
 思いもよらぬ奇襲をかけられ、混乱状態に陥る要塞に、追い討ちをかけるように、イグニア軍の援軍が到着する。要塞制圧のためにあらかじめ増援を要請しておいたのだ。  レモラ陥落も、時間の問題であろう。
 そういえば、ニクスは無事逃げられただろうか。彼の見事な一手があればこそ、奇襲成功の筋が見えたわけで。  
 またどこかで落ちているわけでもあるまい。接近戦に弱いニクスのために、下級騎士二人もつけた。  
 まあ、逃げ足だけは速いニクスである。落ちたとしても、彼ならばどうにかなるだろう。仮に全く地理に詳しくない場所に落ちたとしても、ニクスならば、そのうちひょっこりと帰ってきそうなものである。
  帰ったら、ノルニルには礼を尽くそう。ニクスに射殺されそうだが。  

 
 クロヴィスは、開けた要塞中央部へとアリアを誘導し、兵器をそっと下ろさせた。アリアは金色の瞳を瞬かせ、クロヴィスの背中をつついた。
「クロビス、これ」
「良く頑張ったね。いい子だ」
 先ほど飛行中に、アリアの翼に矢が掠めたが、幸い、どこも怪我はしていないようだ。安堵して、アリアの角を撫でると、アリアはうれしそうに瞳を細めた。大きな尻尾を振り、甘えるようにクロヴィスの胸に擦り寄る。
「アリア、いい子」
「……っ!」

 アリアを労っていたクロヴィスの側面上空から、急降下してくるドラゴンの影があった。薄紅の翼は傷つき、降りるというより、墜ちると言った方が正しいか。手綱をしっかりと握りしめた騎乗者を背に、ドラゴンは地面に激突する。  
まずドラゴンがよろよろと起き上がり、咄嗟に上空に回避したアリアを追う。蛇行飛行する敵のドラゴンをおちょくっているのか、アリアは三回転半捻りをしながら急下降して、ドラゴンへ強化ブレスを吐き出して燃やしつくした。クロヴィスが乗っていないせいなのか、見ているだけで内臓がよじれそうな無茶な動きをしている。もはや遊んでいるとしか思えない。
 舞い上がる土煙に視界が遮られるが、クロヴィスへ向けられた敵意だけは、隠しようがない。
 風圧で土煙を振り払うほど、鋭い突きが繰り出された。素振りをやりこんでいるのか、基本に忠実な綺麗な突きだ。ただ、惜しむべく力不足のようで、一撃が軽い。
 クロヴィスの腕を掠めたその切っ先を振り払い、胸当てに強い衝撃を与え、地面に叩きつけた。
「既に勝敗は決している。無駄な抵抗はやめ、降伏しろ」
「うっ……」
 冷たく言い捨て、改めて相手の顔を認める。
 土を舐めてもなお、アイスブルーの瞳が気丈にクロヴィスを睨みあげていた。
「良い目をする」
 下級騎士と上級騎士とでは、力の差は歴然としている。それでいて、なお向ってこようとする姿は、好ましくもあった。向上心があるのだろう、将来、良い騎士になるに違いない。
「……まだっ! 私は、まだ……戦える!」
 呻き、地に転がるバトルアックスを軸に、華奢な身体を支えて立ち上がる。クロヴィスは片眉を跳ねあげた。
「私は、ミシェル・ベルナール!」 
 凛として名乗りを上げ、ミシェルは体を撓らせ、バトルアックスを振り下ろした。
 剣よりも斧の扱いの方がなれているのか、迷いなく、クロヴィスの身体を守る鎧狙い、それを破壊しようとしてくる。斧を横に、薙ぎ払うように振るい、クロヴィスを追い詰めた。  
先ほどのぎこちなさはどこへ行ったのか、斧を手にしたミシェルは強かった。クロヴィスの剣を受け流し、繰り出す一撃は鋭い。間合いを取り、クロヴィスは冷静にミシェルの動きを観察した。手負いであるにも拘わらず、剣を扱っていた時よりも、格段と動きは良くなっている。  
次々と繰り出される攻撃に、クロヴィスは無意識のうちに口の端を釣り上げていた。  
もし、ミシェルが今ほど傷つき、疲弊していなければ――そう考えると、自然と背中に冷や汗が滲む。妹と同じ年頃の娘に劣ることはないにせよ、正面からの力勝負は不得手だ。それこそ、斧ごと粉砕できそうなイルにでも任せておけばよい。
 だが、勝ち筋はある。
(一撃の後の隙が大きい)
 ミシェルの重い一振りを飛びのきかわせば、バトルアックスは空を切り、深く地面に突き刺さった。クロヴィスは甘くなった脇に剣を滑り込ませ、刃を首元へ突き付けた。
「覚えておこう。ミシェル・ベルナール」  
そして剣の柄で鳩尾へ強い衝撃を与えると、ミシェルは今度こそ、力なく倒れた。
 頭が地面に激突する前に、クロヴィスは彼女の体を支え、横たえた。

(ベルナール……。どこかで、聞いたことのあるような名だ)  

鎧を外し、抱きあげれば、驚くほど軽かった。男の筋肉質な身体とは違い、しなやかで、柔らかな身体だ。あれほど気丈に向ってきた彼女が、ひとたび鎧を脱いでしまえばこんなにも無防備なのだ。
雪のような白い肌。長い睫毛に覆われた形のよいアイスブルーの瞳は、今は静かに閉ざされている。さらりと流れる艶のある黒髪と、細い首筋。力を込めれば、簡単に折れてしまいそうだ。
 それなりの覚悟を持って戦場に立つ以上、男であれ女であれ、同等だと考えるクロヴィスでも、不意打ちのように女性を意識させられると、倒した後味の悪さがじわりと押し寄せてくる。  
しかしミシェルは、なかなかに鍛えがいのありそうな、骨のある人材だ。ミシェル自身も、一見向上心に溢れているように見える。  ただ、現状では昇格を狙うのは難しいだろう。
 彼女の上官が誰なのかは知らないが、うまく騎士たちの力を引き出せていないように思える。むしろ、どんなに欠けても代わりはいる、そんな手駒扱いしているような気がするのだ。
 まるで、あの豚上官――ブータンディッケのように、未来ある騎士達を使い捨てているかのようで。  

逡巡していると、自軍の伝令が視界に飛び込んできた。
「クロヴィス上級騎士、お取り込み中申し訳ありません。連隊長からの伝令です。捕虜を連れ、トリスティス砦へ向かい、そこで先遣隊と合流せよとのことです」
「では、その兵器は?」
 秘密裏に開発、運用されようとしていた兵器である。アグリア側もそう易々とイグニア側へ情報引渡しをしないはずだ。現に、レモラ要塞の幹部は、敗色濃厚となった状況下におかれても、要塞の内部に立て籠り、明け渡そうとはしなかった。  その兵器の処遇をどうするだろうか。
 クロヴィスが投げかけた疑問の答えは、背後から返ってきた。増援に駆けつけた連隊の隊長である。
「ここからは我々の仕事だ。交渉は君の仕事ではない。御苦労だった、クロヴィス上級騎士」
「……了解」
 上官に言われたのでは従うほかない。 
 クロヴィスは、脱力しきったミシェルの身体を肩に担いで、アリアに騎乗した。


 空は次第に白んでいき、彼方の霊峰フィアフィルの稜線が、ぼんやりと浮かび上がっていた。  
クロヴィスは、騎馬隊とドラゴン騎乗騎士からなる小隊を率いて、アグリア国境付近に構えられた、イグニア領トリスティス砦へと進行する。
 トリスティスは、防衛の要所として構えられた、イグニアの前線を支える砦のひとつだ。  
下級騎士であるミシェルは、それほど多くの情報を所持してはいないはずだ。  
最初に対峙したあの時、ミシェルは兵器について何も知らなかった。
 拷問するまでもないだろうと判断し、賊を囲う牢獄へ、気絶したままのミシェルも送り込んだ。  
途中で目を覚ますかと思えば、遂にミシェルはトリスティス砦に到着するまで一度も目を覚まさず、健やかな寝顔をクロヴィスに見せてくれた。

 捕虜から没収した得物は、衛兵がまとめて管理している。よくもまあこんなに身体の中に仕込めたものだ、と感心するほど、次から次へと武器が出てくる。  
クロヴィスが移送してきた捕虜の他にも、各戦地から、一旦このトリスティスに運ばれ、上級騎士以上は尋問に掛けられるらしい。
 クロヴィスに与えられた任務は、捕虜の移送。役目はここで終わりだ。  しかし、長時間の飛行でアリアも疲れている。連続の任務で、クロヴィスの体にも疲労がたまり始めていた。アリアは任務中ゆえか、おかしを強請らず大人しくクロヴィスに従っているが、おそらくそろそろ集中力も切れてくる頃だろう。  
冷たい石壁に凭れかかり、チェスの駒を弄ぶ。クロヴィスは牢屋へと続く階段を見つめた。  
ミシェルは目を覚ましたころだろうか。
 ミシェルが、アリアを見上げた時の目が、何故か脳裏を過る。
 気丈な態度でイグニアの騎士たちを睨み上げる一方で、空を飛ぶアリアに、少女のように瞳を輝かせて魅入られているようだった。畏怖と憧れ。それがない交ぜになったような、輝かしい瞳。
 ドラゴンが好きなのか。憧れているのか。

 状況も弁えず、クロヴィスは密かに口の端をあげる。

 ミシェル・ベルナール。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら。  
当然なのだ。
 エルロンド家も、代々騎士の家系。歴代団長は、把握している。  
ベルナール団長閣下のことも、話には聞いていた。  
ミシェルはエルロンド家のことを知らないだろうが。

 そんなに、ドラゴンが好きか。
 ならば、早く上にあがってくればよいのだ。
 ただ、今の環境では、彼女が昇格するのは、やはり難しいのだろう。しかるべき戦果をあげられる場でなくては……。
 ナイトの駒を弄び、格子から差し込む朝日をぼんやりと眺め、クロヴィスは瞳を閉じた。  帰ったら、アリアの好きなお菓子をあげよう。


  了

【ドラゴンと騎士企画】一部キャラクターをお借りしています。


このあと、ミシェルちゃんにチェスの相手をさせて、ヴァレリー様に挑ませたりとか、そんな妄想をしていました。
ミシェルちゃんかわいいprpr



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