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since 2008/9/17 ネットの片隅で妄想全開の小説を書いています。ファンタジー大好き、頭の中までファンタジーな残念な人妻。 荻原規子、上橋菜穂子、小野不由美 ←わたしの神様。 『小説家になろう』というサイトで主に活動中(時々休業することもある) 連載中:『神狩り』→和風ファンタジー 連載中:『マリアベルの迷宮』→異世界ファンタジー 完結済:『お探しの聖女は見つかりませんでした。』→R18 恋愛ファンタジー 完結済:『悪戯なチェリー☆』→恋愛(現代) 完結済:『花冠の誓いを』→童話 完結済:『変態至上主義!』→コメディー
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別の世界に旅立っちゃうんだぜ

冷たくなった両手にはあっ、と白い息を吹きかける。
 対面に向かって座る兄のバルベリートは、小さく欠伸をしてつまらなそうに外を眺めていた。
 曇ったガラスを袖で拭い、外の景色を覗き込んだクロヴィスは、そっと息を呑んだ。
 すっかり雪化粧を纏った町並み。白雪に包まれた町の中を、ゆっくりと進む馬車には、剣を交差させた中に百合の花をあしらった、エルロンド家の家紋が描かれている。
 市街地の中心に向かうに連れ、景色は変わっていく。
 それまでは銀世界に包まれていた風景が、ぽつり、ぽつりと家々に篝火が灯り始めた。
「バルベリート兄上、あれはなんですか?」 
 クロヴィスは初めて見る景色に目を輝かせた。
 バルベリートはたいして興味もなさそうに、クロヴィスが視線を向けた方へ一瞬だけ顔を向け、それから目を閉じて答えた。
「今日はフラーマの火祭りだよ。知らなかったのかクロヴィ」
「はい」
「年に一度、フラーマの町で開催されるのだ。家の前で篝火を焚いて、町の中央広場では櫓に火をつける。櫓には男たちが乗っていて、火を焚きつけられないように攻防戦を繰り広げるわけだ」
 火竜の生まれるアグリアでは、年に一度、炎に纏わる祭りが開催される町があった。ガルバス火山にほど近い町、フラーマ。家々には篝火が灯り、街全体が暖色に包まれて、大通りは道行く人の活気で賑わっていた。
 櫓に火をつけるのは、ガルバス火山で今年生まれた火竜。ドラゴンを相手に、町の男たちが命がけで櫓を防衛する。祭りが最高潮に達したときに、櫓はどのみち燃やされるのだが。命を賭した祭りに、漆黒の鎧を纏ったアグリア騎士団も警護に参加するらしく、バルベリートも参加したことがあるのだという。
 時に死傷者多数、そんな危険な祭りだが、不思議と毎年行われ、中止になる気配はない。
 武勇を愛する軍王の膝元だからなのか、軍王の興味が民生に向いていないせいなのかは知らない。
 そんな面白そうな祭りがあると知っていたら、ヴァレリーだって誘ったのに。
 クロヴィスは、頬杖をついて漫然と外を眺める兄に、ため息をついた。
 普段は見ることもできないものめずらしい景色に、胸が躍る。バルベリートに断りもせずに窓を開けると、バルベリートが苦々しく言い放った。
「クロヴィス、寒い。窓を閉めたまえ。こうなるのだったら、お前と同伴などするのではなかったよ……」
「寒かったらそこの毛布にでも包まっていればいいではありませんか」
「まったく、生意気になったものだな我が弟は……」
 バルベリートは苦々しく呟いて、綺麗に折りたたまれていた毛布を手繰り寄せて頭からひっかぶった。
 大通りに差し掛かったところで、さらに賑やかになる。周辺の町からは行商人やイスタール中を巡り歩く一座が集まる。大陸から取り寄せたという珍しい品物や、金紗、銀紗のヴェールに身を包んだ踊り子たちが火の粉の中で舞う姿は華やかだ。ガルバス火山の麓の町ならではの行事はアグリアでもちょっとした名物になっていて、普段はたたら場と武器の町として名高いフラーマが、一気に観光地に様変わりする。
 火竜との攻防に使われるのは、武器職人が腕によりをかけた、今年一番の名剣である。
 その名剣を決める大会というのも、火祭りが始まる一週間ほど前から開催されており、それぞれ自慢の剣が並べられるというのだ。
 バルベリートは、そんなことも知らないのか、とクロヴィスを嘲笑いながらも、クロヴィスがあれこれたずねれば逐一丁寧に教えてくれた。クロヴィスは知らないことばかりで、聞けば色々と答えてくれるバルベリートに感心しながら、耳を傾ける。バルベリートはただのドラゴン偏愛者ではなかったようで、一応世間の常識というものを、弟のクロヴィスよりは知っているようだった。
 クロヴィスの後に続いて馬車を降りたバルベリートは、寒気に身震いをして、毛皮のマフラーを巻きなおし、外套で首元をしっかり覆った。
「しかし見たまえ。あの踊り子たち。こんなに寒いというのに、臍を出して……見ているだけで鳥肌が立ってくるようだ。火祭りの前座だろうが、一体だれがあんな下着姿同然の娘を見て喜ぶというのかねえ」
「それは、バルベリート兄上は嬉しくなくても、世の中の大半の男は女性の見え隠れする白くてやわらかそうな肌を見て喜ぶのだとヴァレリーが言っていました」
「お前の親友はいつも、実にお勉強になることを教えてくれるな」
 皮肉げに口の端を吊り上げるバルベリートが示した踊り子に、クロヴィスも視線を向ける。
 ひらひらとした踊り子の衣装。裾がふんわりと膨らんだパンツに、臍が出るほど丈の短いチュリ。ほっそりとした腰周りは頼りなく、燃えるようなふわふわとした赤い髪をまとめるリボンが、踊りの律動に合わせてふわり、と揺れる。蜻蛉の羽のように薄いヴェールで身を包み、細い腕や足首には金の腕輪や飾りをつけ、飛び跳ね、舞うたびにしゃらん、と涼しげな音が鳴る。
 自分と同じくらいかもしかしたら年下かもしれないような、可愛い踊り子に、クロヴィスの視線は釘付けになった。
 くるり、と踊り子がクロヴィスの方を向く。
 少し釣りあがった、大きな蒼い瞳。猫のようにしなやかな動きで、とん、と舞う。
 刹那的に緑と蒼の視線が交わり、少女は花咲くように、にっこりと微笑んだ。一瞬だったが、確かに自分に向けられた笑みに胸が高鳴る。可愛い女の子だった。
 何かあげるものはないか、ポケットというポケットをまさぐり、ひっくり返してみるが、踊り子の少女に上げられそうなものは見つからない。出てきたのは銀細工のナイトの駒だけだ。クロヴィスだったら、チェスの駒をもらえば嬉しいが、多分少女が喜ぶものは花とか金とか、きっとそういうものだ。
 寒さであかぎれた手足は、見ているこちらが痛ましい。
 雪の上でも滑ることなく舞う姿は、たとえ小さかろうが玄人なのだと思わされる。
 ――と、思っていたら。
「きゃっ!」
 それまでにこにこと笑みを絶やさずに踊っていた少女が、雪の上をつるん、と滑って転んだ。
 クロヴィスは目を丸くし、バルベリートは瞬時に少女の細い腕を掴んでいた。
「馬鹿なのかね君は。雪の上であんな風に踊っていれば、転ぶのも時間の問題であったよ」
 バルベリートは少女の腕を適当に放し、へたり込んだ彼女を嘲るように見下ろした。
「兄上!」
「猿も木から落ちるという言葉を知っているか」
「え……?」
 少女は降りかかった粉雪を払いながら、戸惑いに瞳を揺らす。
「慢心は危険を呼ぶのだ。分かるかね? それから、その臍はどうにかならないのか? 見ているこっちが寒い」
「これはそういう衣装なんです! あと、まんしんって何ですか!」
「これは失礼、お嬢さん。噛み砕いて言えば、思い上がり、うぬぼれ……といったところだろうか」
 バルベリートはその場にしゃがみこみ、裾の膨らんだパンツを捲り上げて、無造作に少女の足首を回した。
「なっ……!」
「腫れていないし、可動も問題ないな。痛みもなさそうだし、折れていることはまずなさそうだね。まったく、雪の上で踊るなんて馬鹿な子だ」
「兄上、なんて失礼なことを!」
 クロヴィスは思わず額を押さえ、少女とバルベリートを引き離してから、冷たい雪の上にへたりこむ少女に近寄り、手を差し伸べ、少女が立ち上がるのを手伝った。
「大丈夫ですか、どこも打ったりしていませんか?」
「大丈夫。ありがとう」
「すみません、僕の兄が失礼なことばかり……」
「兄弟なの?」
「一応ね」
 苦笑いを浮かべるクロヴィスに、少女はくすりと微笑んだ。
「一応?」
「髪の色は違うけど、目の色が同じでしょう?」
 そういったクロヴィスの瞳と、バルベリートの瞳を交互に見つめ、少女はうなずいた。
「そうね、似てるわ」
「それほど嬉しくない言葉もありませんが」
 クロヴィスは肩をすくめ、慇懃無礼に立ちすくむバルベリートを見上げた。
「私は嬉しいがね。社交界では天使と名高いクロヴィスと、悪魔の異名で敬遠されている私が似ているとは、嬉しくてむせび泣きそうだがね」
 大仰に胸に手をあてて、バルベリートは答えた。
「あなたのお兄さん、だいぶ変な人なのね……」
 少女の言葉が胸に刺さる。否定できないところが悲しい。
「そうだ! 火祭りが始まる前に、また中央の広場で前座をやるの! よかったら、見にきてね!」
 冷たい手がクロヴィスの手に重ねられる。
 にこっと微笑み、そのまま少女はクロヴィスに背を向ける。燃えるような紅い髪が揺れる。最後に振り返って大きく手を振り、叫ぶ。
「必ず来てね!」
 クロヴィスの目の前を可憐に通り過ぎていく少女の姿を見送って、ぽつりと呟く。
「あんな小さい子もいるんだ……」
「小さい? クロヴィス、お前今いくつだね?」
「十三歳です」
「お前も立派に小さい子だよ」
「それは、兄上からしたら私もヴァレリーもお守りが必要な小さい子扱いでしょうけどね」
 肩をすくめるクロヴィスに、バルベリートは薄笑いを浮かべて返した。
「お前とヴァレリーを同列にしては、ヴァレリーがかわいそうだがね。まあ私からすれば、ヴァレリーだってお前だって、大して変わりはしない」
「それはどうも」
 むっつりとして返せば、バルベリートは外套を翻し、クロヴィスへと背を向ける。
「こんなところで油を売っている暇はないのだ。いくぞ、クロヴィス」
 このフラーマの町に立ち寄ったのは、父の使いで、刃こぼれした剣を受け取りに来ただけなのだ。クロヴィスはあからさまに大きなため息をつき、むくれて路肩に積もった雪を蹴り飛ばした。
 当てるつもりはなかったが、雪の塊がバルベリートの後頭部に直撃する。
「クロヴィス!」
「あ、ごめんなさい。わざとではありません! それに、中級騎士の兄様ならそれくらい避けられるかと思った」
「……行儀が悪い子だね、まったく」
 ぶつくさ言いながら、バルベリートはクロヴィスの手首を掴んで引き寄せた。
「大人しく私の隣を歩いていなさい」
「子供じゃないんですから、手を離してください」
「駄目だ」
「どうして」
「手を離せばまたふらふらするだろう、クロヴィ。一応私はお前の保護者だ」
「へえ。それは知りませんでした。で、いつまで?」
「期限などない。お前がエルロンド家に私の弟として生まれたときからそういう運命だったのだよ。お前の保護者である以上、ヴィオラも私の保護下にある。それだというのにお前ときたら……」
 クロヴィスは心底嫌そうに顔を顰めた。
「ヴィオラは関係ないでしょう!」
「ある。私にとっては大事な問題だ。お前を間に挟まねば、ヴィオラはまるで雪の女王だ。その冷たさがまたいいのだが、ヴィオラに近づくためにはお前が必要だ。だからこれからも私はお前の保護者だ」
「……ああそうですか、ご勝手に。もう何もいいません」 
  
「こちらがお預かりしていた剣になります」
「いつもすまないね」 
 両手を炉にかざして暖を取っていたクロヴィスは、バルベリートが剣を受け取って振り返った瞬間、口を開いた。
「火祭りにいこう」
「何故」
「火口ドラゴンの幼竜が見られるなんて、滅多にないし」
「――クロヴィ」
 バルベリートが言いかけたときだ。
 上空を横切る黒い影。鳥かと思ったが、それは一瞬のうちに姿を消す。
「火口ドラゴンが降りてきたー! 祭りが始まるぞー!」
 誰かの叫びとともに、大通りに大きなどよめきが起こる。
 何事かと店の外をうかがえば、黒光りする鱗に、白い鉤爪。裂けた口から漏れる熱い吐息は硫黄の香りで、陸上をどの生き物よりも早く、雄雄しく駆ける四肢は逞しい。大人と同じくらいの大きさの火竜だった。
 クロヴィスの後ろから外を覗き込んだ工房の主人は慌てるわけでもなく、のんびりとした口調で言った。
「始まったようですね」
 クロヴィスは話も聞かずに飛び出した。火竜を近くで見るのは初めてだ。
「全く、嫌なタイミングで始めてくれるものだね」
 ぼやくバルベリートの声は、クロヴィスの耳には届かない。
 雪の路面を駈けて中央広場まで行けば、櫓に五人ほどの男が乗り、その櫓を取り囲むように大人くらいの大きさのドラゴンが二匹、牙をむいて向かっていた。
 
 祭りが始まろうとしている。
 バルベリートはクロヴィスの後ろにぴったりとくっついて、やれやれと大きくため息をついた。
「お前といると飽きないよ、クロヴィス」
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