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2008/9/17 開設。 主に闇がちまちまと趣味で書いて、『小説家になろう』というサイトでで載せている小説やたまにイラストをちょこっと。 気まぐれ闇の戯言ですが、どうぞ気ままにお覗きください。
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別の世界に旅立っちゃうんだぜ

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 しとしとと、糸のように降っていた雨はいつの間にか止んでいた。樹齢数百年の大樹の下で雨宿りをしていたクロヴィスは、晴れ間の除く茜色の空を見上げ、手をかざした。
 濡れた玉葉は輝き、つうと落ちる冷たい滴が薄い唇の上に垂れ、なだらかな顎と白い首筋を伝って消える。瑞々しい緑は、西陽を浴びてますます鮮やかに色づいている。ひとつに括った亜麻色の髪を揺らし、不機嫌そうな二人へと声をかけた。
「晴れたみたいだ」
「通り雨だったか」
 腕を組み、大樹に寄りかかっていたヴァレリーは、額にかかる蜜色の髪を鬱陶しそうに掻きあげた。静かな湖面の底のような碧い瞳が物憂げに空を見上げている。
 老若男女問わず虜にして続けている魔性と呼び名の高き彼は、クロヴィスとは付き合いの長い友人だ。
ヴァレリーが騎士団に入団してからは交流が途絶えてしまうかと思いきや、父や兄への入用で何かと騎士団には出入りしており、休日は時折狩りに付き合った。何より、手ごたえのあるチェスの相手といえば、ヴァレリーくらいしか居らず、結局、ヴァレリーとは頻繁に顔を突き合わせている。
 連休を勝ち取った、故に久しぶりに狩りに付き合え――そんな書簡が届いたのは、つい先日のことである。
 ため息を吐きだし、ヴァレリーは不機嫌そうに柳眉を寄せた。
「興醒めだ」
「雌鹿を逃したのがそんなに悔しかったのか?」
「あれは、絶対この森の女王だった。美しい毛並み、しなやかな肢体。この手で仕留めたかった」
「天の采配だ。諦めろ」
 悔しそうに歯噛みするヴァレリーの肩を軽く叩いて、クロヴィスは苦笑を浮かべた。
そのまま、大樹の根元に座り込んだまま立ち上がろうとしないレダを振り返り、クロヴィスは声を掛けた。
「レダ、大丈夫か?」
「無論だ。私に構うことはない」
 服が濡れて肌が透けてしまったレダの為にクロヴィスが貸した上着を掻き寄せ、レダはぞんざいに返した。
「しかし、酷い目にあったものだ。狩りを続ける気にもならぬ。私は帰るぞ」
 立ち上がり、身にくっついた落ち葉と土埃を振り払い、レダは肩にひっかけていた上着をクロヴィスへと押し付けた。生乾きのそれを受け取り、クロヴィスは首を傾げる。
「今日は実家に泊まるのか? 服がまだ濡れているだろう。私の上着なら、ヴァレリーか兄にでも返しておけばいい。後で回収する」
「善意だけありがたくいただく。気づかいは無用。……私は寮に戻るつもりだ」
 きっぱりと言い切って、レダは馬の手綱を引き寄せた。
 明けて次第に白みゆく空と同じ薄紫の髪。冬の空と同じ灰色の瞳。背筋を伸ばした凛として怜悧な佇まいに、つい見惚れる。
 古くから騎士の家系たるエーゲシュトランド家とは、エルロンド家もそれなりに付き合いが長い。レダとも、数年来の行き来があるわけだが、何年たっても彼――いや、彼女の隙は見当たらない。
 クロヴィスも、父の書斎でレダの名と性別を記した騎士団員の名簿さえ見なければ、レダが女性であるとは気付かなかっただろう。
 男にしては少し線が細いと思ってはいたが、クロヴィスとて人のことは言えない。
少年のあどけなさを残すクロヴィスは、未だ、黙ってその辺に立っていれば女と見紛われることもあった。右の目元に色めく泣き黒子。引き締まった伸びやかな四肢は発達途上で、背丈も高いとは言い難い。絹のような質感の亜麻色の長髪は、日常下していることが多く、更にレダと一緒にその辺を歩けば、奇妙な視線を向けられる。最悪、いきなり腕を掴まれ路地に連れ込まれそうになったこともあった。
 しかし、仮にも幼い頃より騎士としての教育を受けてきた身だ。素人にどうこうされるほど、クロヴィスも弱くはない。
 軽やかに騎乗したレダを見上げ、ヴァレリーは肩を竦めた。
「ほう。真面目なことで。連休くらい、騎士団から離れたいとは思わないのかね?」
「卿はもう少し真面目になれ。私はできうる限り早く上に立って、そのうち卿を顎で使ってやろう」
「それはご勘弁を。私は適度に楽しめればそれでいい」
 ヴァレリーは人を食ったような笑みを浮かべた。
「ふん、卿は一度、カスパル騎士長かジーク上級騎士にでもしごいてもらえば宜しかろう。動けなくなるほどに」
 下級騎士の間で秘かに恐れられる騎士の名を、レダが皮肉めいた口調で上げれば、ヴァレリーはぴくりと肩を震わせた。
「またそのような戯言を」
「臆しているのか。ヴィランタン公の御子息ともあろうお方が?」
 喉の奥でくっと笑い、レダは手綱を取って馬をゆっくりと進めた。
 風に乗って緩やかに流れる雲の群れは、暮れゆく空で黄金に輝いている。辺りに人の気配はなく、涼しげに擦れ合う木々のざわめきと、蜩(ヒグラシ)の鳴き声だけが響いていた。
「私は先に帰る。クロヴィス、卿は? お母上も心配しておられよう。途中まで送っていく」
「そんな、年頃の娘でもあるまいし、大丈夫だ」
「この間、街を歩いていて路地に連れ込まれたのはどこの誰だ」
 呆れた、と呟くレダに、クロヴィスは目を眇めた。
「連れ込まれたが、騎士様が助けに来てくれただろう。俺のことを美少女だと勘違いしたどこかの色魔が」
「何だ、クロヴィスの話していた騎士とは、卿のことだったのか」
 レダの視線の先には、片手で顔を覆うヴァレリーの姿があった。
「言わないという約束はどうなった!」
「――そのような約束を交わした覚えは……あるな。いやしかし、実名は出していない」
 納得のいかない表情で、クロヴィスは長い指を顎に当てて俯いた。
「実名にどれほどの意味があると! 今の説明で、私だと特定しているようなものだ!」
「まあそう怒るな。相手はレダだ。レダの洞察力と推察力ならば、自ずと発覚したことだ。良かったではないか」
 悪びれる様子もなく返すクロヴィスに、ヴァレリーは再び顔を覆った。
  ◇
 寮に戻るレダと分かれ、クロヴィスとヴァレリーはなだらかな勾配の続く静かな林道を、馬を並べて歩いていた。
 先ほどから二人の間には沈黙が横たわっている。しかしそれは、決して気まずいものではなく、むしろ居心地の良いものだった。
 話したいことは沢山あった気がする。しかし、いざ面と向かうと、特に何もないようにも思える。
 ヴァレリーが騎士団に入る前は、しょっちゅう互いの家を行き来していたわけだが、今となってはそれも皆無だ。たまに用事に赴いた時に、ヴァレリーと夜が明けるまで賭けチェスをやる程度で。
「クロヴィスはいつ見ても小さいままだな」
 唐突にヴァレリーが言いだす。クロヴィスとヴァレリーの身長差は、丁度十五センチ。常にクロヴィスの旋毛が、ヴァレリーからは丸見えの状態である。上から視線を感じ、クロヴィスはむっとヴァレリーを睨んだ。
「これから伸びる」
「さあ、どうかね」
 ヴァレリーは肩を竦め、むきになるクロヴィスを鼻で笑った。
「俺はまだ十四だ。成長の余地はある。対してお前は成長期を脱した。今後の発展見込みは皆無だ」
「成長したとしても、クロヴィスはこの先も、私よりもチビに違いない」
「あと三年すれば、お前の身長なんてあっという間に追い越してみせる」
「その頃には私ももっと伸びているかもしれない」
「ではそこで止まっていろ。とりあえず俺がそこに到達するまで待っていろよ。なんなら地面に埋まっていてくれないか」
「無茶を言わないでくれたまえ。さすがの私も、自然の成り行きには逆らえんよ?」
 呆れ返った様子でため息をつくヴァレリーは、以前見た時よりも大人びているようだった。クロヴィスの知らない、見えざる世界が、ヴァレリーにはあるのだろう。
 クロヴィスがその世界を知る頃には、ヴァレリーはまた別の世界の扉を叩いているだろう。
 三年の差がもどかしく、悔しい。
 対等でありたいのに、いつまでたっても下級者として扱われているような気がしてならない。ヴァレリーはそのようなことを、考えて相手をしているわけではないことくらい、分かっているのだが。
 何故、三年早く生まれなかったのだろう。
 この差だけは、どう足掻いても埋めることはできない。クロヴィスが今のヴァレリーの視点に立つ頃には、彼はまた一段階上の場所からクロヴィスが追いかけてくるのを、ほくそ笑んでいるに違いないのだ。
 想像すると実に腹立たしい。
 いいから黙って待っていてくれたらいいのだ。
 勾配を上がりきって、林道を抜ければ開けた空間に躍り出る。
 正面に連なる霊峰の残雪は、夕陽を照り返して紅に染まっていた。その情景を瞳に焼き付け、クロヴィスは前方の三叉路を見据え、
「いつか、お前と肩を並べて追い越してみせる」
 呟けば、耳聡くそれを拾い上げたヴァレリーがため息をついた。
「私より大きくなるのはやめてくれ。今の身長のままでいいではないか。黙っていれば、実に可愛げがある」
 クロヴィスは瞳を瞬かせる。
「可愛さのあまり助けてしまうほどに?」
「……」
 ヴァレリーは一瞬固まって、改めてクロヴィスへと視線を移した。
「……怖いから何とか言ってくれ」
「クロヴィスは、成長しない方がいいのではないかね」
「何故?」
「大人の世界は汚いぞ」
「は? そんなの、分かり切っているだろうに」
 ヴァレリーの言わんとしていることが分からず、クロヴィスは首を傾げた。
 貴族として生まれ。大人の汚い部分を多々目撃してきた。交渉。駆け引き。取引。時には我が子さえ道具に、舌戦を繰り広げる貴族。
 派閥争いとは無縁の中立を貫くエルロンド家も、時にその舞台に引きずりだされることもある。
「分かっている、ねえ……」
 三叉路までたどり着き、クロヴィスは馬の手綱を操り、鼻面の向きを変える。
 この三叉路が、丁度、ヴァレリーとクロヴィスの屋敷への分かれ道だった。馬の腹を軽く蹴り、歩みを進めればヴァレリーが不思議そうに、背後から声をかけた。
「どうした。何故そっちの道へ行く。こっちだろう」
 クロヴィスは立ち止り、ヴァレリーを振り返った。
 何か間違えたのか、と三叉路と、ヴァレリーと、己の進むべき道を順に見つめる。何もおかしなところはない。
「私の家はこっちだろうが」
 さも、当たり前のように言われ、クロヴィスはきょとんとヴァレリーを見つめた。澄んだ碧眼は、ただ純粋に、クロヴィスの進むべき道について疑問を感じているようだ。
 クロヴィスは立ち止り、とりあえずヴァレリーを凝視する。
「どうした。何故立ち止る」
「……いや。悪い。何か、面白くて」
「何か面白いことでもあったか」
 無自覚に言ったのか。
 クロヴィスはついにこらえ切れなくなり、茜の空に向かって笑いだした。
「そういう言葉は、俺ではなく付き合っている相手にでも言ってやれ」
「……」
 その言葉で、ヴァレリーは自らの発した言葉のおかしさに気付いたのか、苦々しく眉間に皺を寄せて、そして両手で顔を覆った。
「今のは、なかったことにしてくれ。お前、家に来るって言わなかったっけ? 言ってない、そうか言ってないな! じゃあチェスでもするか」
「行くぞ! 早く来い!」
 チェスの言葉につられたクロヴィスは、ヴァレリーよりも先に駆けだしていた。


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ドラゴンと騎士企画より

一部のキャラクターをお借りしています。
登場人物:レダ、ヴァレリー、クロヴィス

クロヴィスとヴァレリーは友達同士でした(過去形)。
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一度目に出会った時は、まだほんの小さな頃で、ぼんやりとしか思い出せない。
 亜麻色の髪の、フィアフィルの麓に広がる深い森に似た、優しい目をした人間の子供。どこか幼さを面影に残した少年は、母の半身とも言うべき存在だった。
 母は生まれた頃から少年と共にあり、少年と同じ時を過ごした。姉のように、妹のように。大きな翼で少年を守り、少年と共に幾多の戦場を駆けた。
 彼の名前は――
 二度目に会った時は、フィアフィルの山中だった。
深々と積もる真雪の中、頼るものもなく、彷徨っている時のことだ。
時々、何の前触れもなく荒々しい集団が現れては、血相を変えて山脈中を歩き回っていた。その手には、様々な武器が握られている。剣、槍、弓。母が過ごした場所では、珍しくもないその武器だが、錆ひとつない、鈍い光をたたえるそれが、幼竜には恐ろしく思えた。
 人に慣れ、警戒心を持たない同族の竜が近付けば、彼らは透明な瓶から、怪しげな薬を取り出し、竜へと降りかけた。途端に竜はのたうちまわるように苦しみ出して、木々をなぎ倒し、地面を抉ったあとで、ぱたりと大人しくなった。
 そして、次の瞬間には何事もなかったかのように、彼らに首を垂れていた。
 如何に人に慣れているとはいえ、簡単に生涯の半身を決めたりはしない――
 誇り高き、霊峰フィアフィルに息づく竜の言葉だ。
 自らが認めた者にしか、首は垂れぬ――
 母は、少年を誇りに思っていた。
 ぼんやりと思いだした教訓と、目の前の光景は全くもって繋がりを持たなかった。
 半身を得ることは、もっと、楽しくて、幸せなことだと幼いながら思っていた。
 楽しそうには見えない。ただひたすら、苦しみを与えられるだけ。
彼らの前に、出て行ってはいけない。
幼竜は、金色の瞳を瞬かせた。
 そんな日々が、延々とこれからも続いていくのだろう、幼いながらも、竜は漠然と考えていた。
 しかし、転機は突如訪れる。
 身も心も凍えるような、霊峰フィアフィルの山中で、この世の絶望を知ったような顔をした、人間たちが現れた時のことを今でも鮮明に覚えている。
 幼竜は、それがあの少年だと一瞬で気づいた。同じ匂い、同じ目をしていた。ただ、あの頃よりも少し大きくなっていて、優しかった目が今ではその光を無くし、曇っていることだけが竜を躊躇わせた。
 しかし、その手に握られているのは剣ではない。少年は唯一、武器を手にしていない者だった。
 奪いに来たのではない、竜はほっと尻尾を垂らした。
 武器を持たない代わりに、彼はなぜか、両手で抱える程度の大きさの、木を丸く加工した、不思議な道具を背負っていた。
 幼い竜は見たこともないそれに、一瞬で心を奪われる。
 夜、狂い咲くような月の下、辺りが静寂に包まれる頃。
 何の警戒心を抱かず、ひょこひょこと青年に近寄ると、脇に置かれたそれに、そーっと触れてみた。弓形に張られた糸のようなものが三本。爪で弾く。
 聞いたことのない、変な音がした。それが面白くて、青年が寝ているのも忘れて、夢中で音を掻きならした。はじいたり、たたいたり。しかし出る音は、やはり変だ。
 はしゃぐ幼竜に、さすがの青年も眠っていられなかったようで、苦笑を浮かべつつ起き上がる。
「ヴァイオリンが珍しい?」
 竜が首を傾げると、彼は眉根を寄せ、目を眇めた。
「ヴィーと同じ反応だ」
 どこか苦しいのか。痛いのか。
 泣きそうな顔で、竜の頭を撫でる。
――その手は、ひどく温かい。
「こんなものに興味を示すなんて、お前、変わっているな。そうだ。それじゃあ、一曲聴かせてあげようか」
 そう言って、彼は弓を取り出した。
 彼が奏でる音は、不思議と心地よい。竜が奏でた、不協な音ではなくて。
 その音色を子守唄に、竜は久しぶりに穏やかな夜を過ごした。
 あくる日。
 青年は、竜を無理やり従えようとしている一団に目をとめた。最近は連日のように現れるやつらは、今日も山脈の竜を狙って、服従の薬を使おうとしているようだった。
 青年は剣を取る。
 その剣は、竜が見てきたどんな剣よりも、美しく、気高かった。
 竜を従えることに夢中な奴らは、青年の存在に全く気付いていないようだ。
 青年は、気配を殺し、雪の上を滑るように、彼らの背後へ忍び寄る。雪の中に埋もれ、ことの成行きをじっと見極める幼い竜は、彼が通り過ぎた瞬間に、鱗がぞわりと波立つのを感じた。
 怒っている。肌で感じるほどの激情に、幼竜は目を瞠る。
 青年は迷いのない太刀筋で彼らを切りつけると、虫けらでも見るかのような目で、やつらを見下ろし嘲るように呟いた。
「実力主義、か。笑わせてくれる。力を持たぬもの故、服従の薬に頼ったか。いや、ある意味……それも実力か」
 斃れた肉塊を足蹴にし、薬入りの瓶をたたき割る。
「ヴィオラは――ドラゴンは、貴様らの玩具ではないというのに……。勝てれば、本当に何でもいいのか」
 幼竜は、瞳を瞬かせた。
 ――ヴィオラ。
(おかー……さん)
 その名に誘われるように、雪の中から這いだした。
 突如現れた幼竜に、青年は驚いたようだが、幼竜は興味深く、彼の姿をじっと見上げた。
 よく見ると、傷だらけである。
 曇りなき眼に見つめられ、青年は苦笑を浮かべた。
「お前も、こんな人目につきやすい場所にいては駄目だ。すぐに狩りの対象にされてしまうよ」
 そういって、優しく幼竜の頭を撫でると、彼はすぐさま踵を返した。
 雪上に置いた荷物を取り上げ、少年と少女を連れて、山を登っていく。
(また、置いていくの?)
 嫌だ。
(待って)
 行かないで。もっと……知りたいの――
 もっと、聞かせて。
 名前を呼ばなくては。
 名前を呼んで、引き留めないと。
 しかし、彼の名前を忘れてしまった。
 止むなく、鉤爪で襟首を掴んで、ひきとめる。
振り返る青年は苦笑を浮かべ、寂しそうに鳴く竜の頭を軽く叩いた。
 その手に頭をすりよせれば、不思議なことに安心できた。自然とわきあがる名前を、声に出してみる。
「クロビー……」
「え!?」
「クロビー?」
 驚きに目を瞠る。
 やっと発音できたのは、それだけだった。
 彼の名前は、クロヴィス。
 かつて、母の半身だった人。
 これからは多分、自分の半身になるべき人。
 竜はクロヴィスへ首を垂れた。
 パートナーとして、認めた徴だ。
「……もう一度ドラゴンに乗っても、いいのかな」
 クロヴィスは、泣き笑いのような顔をして、雪の中で反射する深紅の身体を撫でた。竜にはクロヴィスの言葉の意味するところが分からなかったが、尻尾を軽く振ってこたえた。
 この時、アリアという名前をもらう。
 理由はなんでも、G線上のアリアをきっかけにくっついてきたから、だそうだ。
 単純明快な理由だ。
 そんな竜は今、戦場を駆ける竜となった。
「ごめんねアリア。今日もまた、戦わないといけない」
 銀の鎧を身につけたクロヴィスが、アリアへこつん、と額を寄せる。
 クロヴィスを待つ、狙撃隊の二クスがあくびをこらえてそのやり取りを見ていた。
(アリアは大丈夫だよ。クロヴィスのためなら、何でもできるよ。クロヴィスを守るためなら、頑張るよ)
アリアは、クロヴィスの言葉は理解できても、うまく返せない。発することができるのは、覚えた人の名前と、簡単な単語のみである。
 時々、とても悲しそうな顔をする片割れを、アリアは黙って見守ることしかできない。
(どこか痛いの? どこか苦しいの?)
 ――アリアが、クロヴィスの痛みを全部引き受けてあげられたらいいのに。
 アリアの思いは、届かない。
 「人の言葉なんて覚えなくてもいい」、そう言ったのはクロヴィスだった。
 人の勝手な都合で、アリアが言葉を覚える必要なんてない。アリアが覚えたいと思うのなら、覚えればいい。無理強いはしないよ――
 優しく頭を撫でて、クロヴィスはアリアに言う。
 クロヴィスは優しくて、好き。
 アリアが寂しくてないた時は、任務の最中でも一晩中隣にいてくれた。
 アリアが初めての飛行訓練で怖気づいた時は、安心するまで背中を撫でてくれた。
 アリアもクロヴィスの背中を撫でて元気づけてあげたいが、鉤爪が鋭すぎて逆にクロヴィスを傷つけてしまう。
 クロヴィスが寂しそうにしている時は、背中を押して他の騎士の中に入れるが、それもなぜか逆効果だった。
(アリアがクロヴィスに与えられるものは、何?)
「敵の補給路を断つ、奇襲作戦だ。気を引き締めて行くよ、アリア」
 クロヴィスがアリアにまたがり、号令とともにアリアは翼を広げて飛び立つ。
 今日も、クロヴィスと共に、同じ景色を見られる。
それが、アリアの幸せだった。


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ドラゴンと騎士企画より

日常
午後の陽射しは次第に濃くなり、僅かに窓から吹き込む風が心地よい。横目でちらりと外を見れば、狭い室内にいるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるほどに、清々しい群青が広がっていた。
 空に浮かぶ雲は白く輝いて、クロヴィスは目を眇めてその様を眺める。その雲を突き抜けるようにして聳える峰の頂には、夏の今でもなお、白雪の影が残っていた。いつもならば、稜線が遠目にぼんやりと浮かぶ程度にしか望めない霊峰フィアフィルが、ここまでくっきりと姿を現すとは珍しい。あそこでアリアと出会ったのを思い出し、つい感慨にふける。
 アリアの翼があれば、彼方のフィアフィルでさえ、瞬く間にたどり着く。クロヴィアを乗せていない時のアリアが全力で飛ぶ姿は、深紅の閃光のようで、美しかった。黄昏の中を低速で飛ぶ姿は舞うようで、アリアの紅と薔薇色の空が溶けあい、それもまた心を奪われる。
(いい天気だ)
 現実逃避しかけたところで、クロヴィスは頭を振った。
 今の状況に集中するべきだ。クロヴィスの目の前に座るのは、今年下級騎士になったばかりの、真新しい白い騎士服に身を包んだ新人騎士達十五名。年齢層はまばらで、上は三十、下は十くらいだろうか。
 己が騎士団に入りたての頃を思い出す。その時は、ここではなく、ここと敵対関係にある場所で、騎士になった自分を誇りに思っていた。昔のことである。
 動物調教用の、40㎝ほどの長さの黒い鞭を手持無沙汰に弄び、クロヴィスは話しを続ける。
「人間の急所がいくつかあるのはご存じでしょう。首、頚椎、胸、右腹部上方、両側背部、上肢、下肢……。特に胴体は心臓、肝臓、腎臓などの急所が集中しており、的も広く狙いやすい。肝臓、腎臓には多くの血管が集まっているので、損傷すれば大量出血を起こし、生命の危機に直結します。敵の情報を引き出したい時には――」
 彼は優雅に、机と机に挟まれた、狭い講堂の通路を歩いた。クロヴィスの重みで、ぎしり、と床が軋む音がする。
 昼飯を食べ、丁度腹も膨れた頃に机上の理論を延々と聞かされ、彼らの大半は、瞼が重くなり始めていた。クロヴィスの折角の美声も、もはや子守唄と同じ効果を発揮しているらしい。
(仕方ない……とはいえ、これは酷い)
 確かに、つまらない話かもしれない。単調な口調で語られては、眠くなって当たり前だろう。だが、こちらも貴重な時間を割いて教えに来ている。眠っていて何も学べませんでしたでは困る。
 とろんとした目で船を漕いでいるものの机を、手にしていた鞭でピシっと叩く。叩かれた騎士は、反射的に涎の垂れた顔を勢いよく上げた。クロヴィスの木漏れ日の瞳と視線がぶつかると、頬を染め、気まずそうに教本で顔を隠した。
 クロヴィスは片眉を上げ、薄い唇を釣り上げた。
(一応、恥じらいはあるのか)
「いいですか。君たちは騎士です。涎を垂らしていようが、夢の世界に旅立とうが、それだけは変わりません。騎士である以上、戦わなければなりません。食欲が満たされ、睡魔が君たちを誘惑しようと、それに打ち勝って、目の前の相手を倒すことに全力を注がなければなりません。戦場ではひとりの行動が、全員の命を危ぶませ、全員の命を救います。今ここで、君たちが眠ったところで、現状、何かが起こるわけではありません。しかし、戦場ではひとりが眠ったことで、全滅することなど珍しくない。私が今ここで教えているのは理論です。理論などつまらない――君たちはきっとそう考えているでしょう」
 ゆっくり講堂内を歩き、眠りに落ちそうな騎士の机を、鞭で叩いて回る。そのせいか、クロヴィスが通るたびに、下級騎士の間に緊張が走るようだった。
「その通り、理論は実践してこそ意味あるもの。その理論を知らなければ、実践しようもないわけですけれどね」
 口元に笑みを張り付けたままあたりを見渡す。その緑の瞳はどこか冷たく、皮肉気に騎士達を映していた。冷たい視線を向けられて、彼らは固まってしまう。
 また、やってしまったか。
 空気が冷え冷えとし、場が固まってしまったその時である。
「クロ、しごと。アリア、まってる」
 寂しそうなアリアの声が隣の騎士寮の中庭から響く。ちらりと外をのぞきこめば、書類を抱えたミュリエルと何やら話している。
 すると、ミュリエルはポケットから綺麗な銀色の包み紙に包まれた、お菓子を取りだし、アリアにあげていた。
(アリア……本当にごめん、ミュリエルもごめん)
 クロヴィスは内心謝りつつ、話しを続ける。
「私のパートナー、アリアは、理論を学ぶのが嫌いでして――」
 本来ならば、クロヴィスも今日は非番だった。偵察の任務を終えたばかりで、ようやく掴んだ休暇であったのだ。
 久しぶりに、アリアとカートライドの泉に行く約束をしていたのに、急遽仕事が入ってしまったのだ。今日指南を担当するはずだった騎士が、補給部隊に駆り出されてしまったため、代役を頼まれたのだった。
 白地に金の飾りのついた騎士服に袖を通すクロヴィスを、アリアは不思議そうな眼で眺めていた。きっと、『遊びに行く約束をしたはずなのに、何故クロビスは仕事の服に着替えているのか分からない』と思っていたのだろう。
 アリアは、人語は解するが、話せない。話せても簡単な単語と、人の名前を言えるだけである。クロヴィスも、アリアへ人語を話すことを強要しない。アリアが話したかったら、人の言葉を話せばいいし、話せなかったらそれでもいい。何より、フローレンスがいる。困ったら彼女を頼ればよいだけの話だ。
 アリアに背を向けるクロヴィスへ、アリアは甘えるように『クロビスー』と呼びかけ、軽く頭を押し付けてきた。そして長い尾をぶんぶん振り回して、乗れと言わんばかりに主張してきた。早く泉に行きたくて仕方なかったのであろう。
 そんなアリアに、仕事が入ったと告げるのは、大変心苦しかった。しかも、アリア同伴の仕事ではない、机上の講義である。アリアはしゅんと背中を丸め、クロヴィスに言われるがまま、騎士寮の中庭で待つことになった。申し訳ないと思いつつも、アリアならば他のドラゴンと仲良く遊べるだろう、他のドラゴンが寄ってきてくれれば自分もそのまま遊ぼうと、クロヴィスはそのまま仕事に向かったのだ。
 心を鬼にして仕事に来たのはいいものの、騎士寮の中庭にぽつんと佇み、講堂を見上げてくるアリアが視界にたびたび入ってきていた。
 いつものうるさいくらいの人懐っこさはどこへいったのか、騎士寮からイルとジーク騎士長が出てきても、アリアは興味を示さずに、ずっとクロヴィスのいる建物を見上げていた。
(こうなったら、さっさと終わらせるしかない)
 パートナーのドラゴンのことが絡むと、人が変わるクロヴィスである。表面上は冷静なまま、クロヴィスの脳内は既にアリアと遊ぶことで一杯であった。
 仕事を終え、中庭に急げば、人型になったフローレンスが、アリアの隣にしゃがみ込んでいた。アリアの興味はクロヴィスではなくて、フローレンスへ向いてしまったらしい。心中、複雑な思いで近寄れば、アリアは地面に何かを刻みつけていた。
「クロビス、アリア」
「そうそう、アリア上手です」
「アリア?」
 声をかければ、アリアがうれしそうに振り返る。
「クロビス!」
 尻尾をぶんぶん振り回し、アリアは空に向けて軽く炎を吐きだした。うれしさのあまりの行動だろうが、上空を飛んでいたノルニルが突然の炎のブレスに驚いている。
「良かったですね、アリア。あ、クロヴィスに見せてあげたらどうですか?」
 そう言って、アリアが見せてくれたのは、泥の塊を団子状に丸めたものだった。何となくいつもクロヴィスが与える焼き菓子に似ている。
「はい」
 何かを期待しているのか、アリアはじっとクロヴィスを見下ろしてくる。
 いくらアリアのことが大切でも、さすがに泥は口に入れられない。クロヴィスの額に冷や汗が滲む。数秒考えた後に、アリアの作ったものならば泥だんごだろうと構わない、と手を伸ばすが、そこですかさず、フローレンスが止めに入ってきた。
 アリアは小首を傾げ、目を瞬かせ少し考えてから、合点がいったようだ。のそのそと退くと、得意げにそれを見せてくれた。
(……?)
 地面に『クロヴィス・アリア』とミミズの這ったような字で書かれたところに、歪なハートと三角形が描かれている謎の印だった。
 一瞬、何かの呪いかと慄いたが、当のアリアは金色の瞳を輝かせて、クロヴィスの背中に頭をすりよせてくる。
「アリア、これは何?」
「クロビス、アリア、いっしょ!」
「当然だろう? ずっと一緒だよ」
 クロヴィスは、先ほど指南を担当していた下級騎士達が見たら間違いなく、『誰だ、お前』と言われるような眩しい笑みを浮かべ、アリアの頭を撫でた。
 後でフローレンスに聞いたところによれば、あの呪いに似た謎の印は、相合傘とのことだった。
 ミュリエルが冗談で地面に描いていったものに興味を示し、真似たのだという。




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ドラゴンと騎士企画より
登場人物:クロヴィス・エルロンド、アリア
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Designed by CriCri / Material by 妙の宴
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