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since 2008/9/17 ネットの片隅で妄想全開の小説を書いています。ファンタジー大好き、頭の中までファンタジーな残念な人妻。 荻原規子、上橋菜穂子、小野不由美 ←わたしの神様。 『小説家になろう』というサイトで主に活動中(時々休業することもある) 連載中:『神狩り』→和風ファンタジー 連載中:『マリアベルの迷宮』→異世界ファンタジー 連載中:『お探しの聖女は見つかりませんでした。』→R18 恋愛ファンタジー 完結済:『悪戯なチェリー☆』→恋愛(現代) 完結済:『花冠の誓いを』→童話 完結済:『変態至上主義!』→コメディー
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別の世界に旅立っちゃうんだぜ

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 しとしとと、糸のように降っていた雨はいつの間にか止んでいた。樹齢数百年の大樹の下で雨宿りをしていたクロヴィスは、晴れ間の除く茜色の空を見上げ、手をかざした。
 濡れた玉葉は輝き、つうと落ちる冷たい滴が薄い唇の上に垂れ、なだらかな顎と白い首筋を伝って消える。瑞々しい緑は、西陽を浴びてますます鮮やかに色づいている。ひとつに括った亜麻色の髪を揺らし、不機嫌そうな二人へと声をかけた。
「晴れたみたいだ」
「通り雨だったか」
 腕を組み、大樹に寄りかかっていたヴァレリーは、額にかかる蜜色の髪を鬱陶しそうに掻きあげた。静かな湖面の底のような碧い瞳が物憂げに空を見上げている。
 老若男女問わず虜にして続けている魔性と呼び名の高き彼は、クロヴィスとは付き合いの長い友人だ。
ヴァレリーが騎士団に入団してからは交流が途絶えてしまうかと思いきや、父や兄への入用で何かと騎士団には出入りしており、休日は時折狩りに付き合った。何より、手ごたえのあるチェスの相手といえば、ヴァレリーくらいしか居らず、結局、ヴァレリーとは頻繁に顔を突き合わせている。
 連休を勝ち取った、故に久しぶりに狩りに付き合え――そんな書簡が届いたのは、つい先日のことである。
 ため息を吐きだし、ヴァレリーは不機嫌そうに柳眉を寄せた。
「興醒めだ」
「雌鹿を逃したのがそんなに悔しかったのか?」
「あれは、絶対この森の女王だった。美しい毛並み、しなやかな肢体。この手で仕留めたかった」
「天の采配だ。諦めろ」
 悔しそうに歯噛みするヴァレリーの肩を軽く叩いて、クロヴィスは苦笑を浮かべた。
そのまま、大樹の根元に座り込んだまま立ち上がろうとしないレダを振り返り、クロヴィスは声を掛けた。
「レダ、大丈夫か?」
「無論だ。私に構うことはない」
 服が濡れて肌が透けてしまったレダの為にクロヴィスが貸した上着を掻き寄せ、レダはぞんざいに返した。
「しかし、酷い目にあったものだ。狩りを続ける気にもならぬ。私は帰るぞ」
 立ち上がり、身にくっついた落ち葉と土埃を振り払い、レダは肩にひっかけていた上着をクロヴィスへと押し付けた。生乾きのそれを受け取り、クロヴィスは首を傾げる。
「今日は実家に泊まるのか? 服がまだ濡れているだろう。私の上着なら、ヴァレリーか兄にでも返しておけばいい。後で回収する」
「善意だけありがたくいただく。気づかいは無用。……私は寮に戻るつもりだ」
 きっぱりと言い切って、レダは馬の手綱を引き寄せた。
 明けて次第に白みゆく空と同じ薄紫の髪。冬の空と同じ灰色の瞳。背筋を伸ばした凛として怜悧な佇まいに、つい見惚れる。
 古くから騎士の家系たるエーゲシュトランド家とは、エルロンド家もそれなりに付き合いが長い。レダとも、数年来の行き来があるわけだが、何年たっても彼――いや、彼女の隙は見当たらない。
 クロヴィスも、父の書斎でレダの名と性別を記した騎士団員の名簿さえ見なければ、レダが女性であるとは気付かなかっただろう。
 男にしては少し線が細いと思ってはいたが、クロヴィスとて人のことは言えない。
少年のあどけなさを残すクロヴィスは、未だ、黙ってその辺に立っていれば女と見紛われることもあった。右の目元に色めく泣き黒子。引き締まった伸びやかな四肢は発達途上で、背丈も高いとは言い難い。絹のような質感の亜麻色の長髪は、日常下していることが多く、更にレダと一緒にその辺を歩けば、奇妙な視線を向けられる。最悪、いきなり腕を掴まれ路地に連れ込まれそうになったこともあった。
 しかし、仮にも幼い頃より騎士としての教育を受けてきた身だ。素人にどうこうされるほど、クロヴィスも弱くはない。
 軽やかに騎乗したレダを見上げ、ヴァレリーは肩を竦めた。
「ほう。真面目なことで。連休くらい、騎士団から離れたいとは思わないのかね?」
「卿はもう少し真面目になれ。私はできうる限り早く上に立って、そのうち卿を顎で使ってやろう」
「それはご勘弁を。私は適度に楽しめればそれでいい」
 ヴァレリーは人を食ったような笑みを浮かべた。
「ふん、卿は一度、カスパル騎士長かジーク上級騎士にでもしごいてもらえば宜しかろう。動けなくなるほどに」
 下級騎士の間で秘かに恐れられる騎士の名を、レダが皮肉めいた口調で上げれば、ヴァレリーはぴくりと肩を震わせた。
「またそのような戯言を」
「臆しているのか。ヴィランタン公の御子息ともあろうお方が?」
 喉の奥でくっと笑い、レダは手綱を取って馬をゆっくりと進めた。
 風に乗って緩やかに流れる雲の群れは、暮れゆく空で黄金に輝いている。辺りに人の気配はなく、涼しげに擦れ合う木々のざわめきと、蜩(ヒグラシ)の鳴き声だけが響いていた。
「私は先に帰る。クロヴィス、卿は? お母上も心配しておられよう。途中まで送っていく」
「そんな、年頃の娘でもあるまいし、大丈夫だ」
「この間、街を歩いていて路地に連れ込まれたのはどこの誰だ」
 呆れた、と呟くレダに、クロヴィスは目を眇めた。
「連れ込まれたが、騎士様が助けに来てくれただろう。俺のことを美少女だと勘違いしたどこかの色魔が」
「何だ、クロヴィスの話していた騎士とは、卿のことだったのか」
 レダの視線の先には、片手で顔を覆うヴァレリーの姿があった。
「言わないという約束はどうなった!」
「――そのような約束を交わした覚えは……あるな。いやしかし、実名は出していない」
 納得のいかない表情で、クロヴィスは長い指を顎に当てて俯いた。
「実名にどれほどの意味があると! 今の説明で、私だと特定しているようなものだ!」
「まあそう怒るな。相手はレダだ。レダの洞察力と推察力ならば、自ずと発覚したことだ。良かったではないか」
 悪びれる様子もなく返すクロヴィスに、ヴァレリーは再び顔を覆った。
  ◇
 寮に戻るレダと分かれ、クロヴィスとヴァレリーはなだらかな勾配の続く静かな林道を、馬を並べて歩いていた。
 先ほどから二人の間には沈黙が横たわっている。しかしそれは、決して気まずいものではなく、むしろ居心地の良いものだった。
 話したいことは沢山あった気がする。しかし、いざ面と向かうと、特に何もないようにも思える。
 ヴァレリーが騎士団に入る前は、しょっちゅう互いの家を行き来していたわけだが、今となってはそれも皆無だ。たまに用事に赴いた時に、ヴァレリーと夜が明けるまで賭けチェスをやる程度で。
「クロヴィスはいつ見ても小さいままだな」
 唐突にヴァレリーが言いだす。クロヴィスとヴァレリーの身長差は、丁度十五センチ。常にクロヴィスの旋毛が、ヴァレリーからは丸見えの状態である。上から視線を感じ、クロヴィスはむっとヴァレリーを睨んだ。
「これから伸びる」
「さあ、どうかね」
 ヴァレリーは肩を竦め、むきになるクロヴィスを鼻で笑った。
「俺はまだ十四だ。成長の余地はある。対してお前は成長期を脱した。今後の発展見込みは皆無だ」
「成長したとしても、クロヴィスはこの先も、私よりもチビに違いない」
「あと三年すれば、お前の身長なんてあっという間に追い越してみせる」
「その頃には私ももっと伸びているかもしれない」
「ではそこで止まっていろ。とりあえず俺がそこに到達するまで待っていろよ。なんなら地面に埋まっていてくれないか」
「無茶を言わないでくれたまえ。さすがの私も、自然の成り行きには逆らえんよ?」
 呆れ返った様子でため息をつくヴァレリーは、以前見た時よりも大人びているようだった。クロヴィスの知らない、見えざる世界が、ヴァレリーにはあるのだろう。
 クロヴィスがその世界を知る頃には、ヴァレリーはまた別の世界の扉を叩いているだろう。
 三年の差がもどかしく、悔しい。
 対等でありたいのに、いつまでたっても下級者として扱われているような気がしてならない。ヴァレリーはそのようなことを、考えて相手をしているわけではないことくらい、分かっているのだが。
 何故、三年早く生まれなかったのだろう。
 この差だけは、どう足掻いても埋めることはできない。クロヴィスが今のヴァレリーの視点に立つ頃には、彼はまた一段階上の場所からクロヴィスが追いかけてくるのを、ほくそ笑んでいるに違いないのだ。
 想像すると実に腹立たしい。
 いいから黙って待っていてくれたらいいのだ。
 勾配を上がりきって、林道を抜ければ開けた空間に躍り出る。
 正面に連なる霊峰の残雪は、夕陽を照り返して紅に染まっていた。その情景を瞳に焼き付け、クロヴィスは前方の三叉路を見据え、
「いつか、お前と肩を並べて追い越してみせる」
 呟けば、耳聡くそれを拾い上げたヴァレリーがため息をついた。
「私より大きくなるのはやめてくれ。今の身長のままでいいではないか。黙っていれば、実に可愛げがある」
 クロヴィスは瞳を瞬かせる。
「可愛さのあまり助けてしまうほどに?」
「……」
 ヴァレリーは一瞬固まって、改めてクロヴィスへと視線を移した。
「……怖いから何とか言ってくれ」
「クロヴィスは、成長しない方がいいのではないかね」
「何故?」
「大人の世界は汚いぞ」
「は? そんなの、分かり切っているだろうに」
 ヴァレリーの言わんとしていることが分からず、クロヴィスは首を傾げた。
 貴族として生まれ。大人の汚い部分を多々目撃してきた。交渉。駆け引き。取引。時には我が子さえ道具に、舌戦を繰り広げる貴族。
 派閥争いとは無縁の中立を貫くエルロンド家も、時にその舞台に引きずりだされることもある。
「分かっている、ねえ……」
 三叉路までたどり着き、クロヴィスは馬の手綱を操り、鼻面の向きを変える。
 この三叉路が、丁度、ヴァレリーとクロヴィスの屋敷への分かれ道だった。馬の腹を軽く蹴り、歩みを進めればヴァレリーが不思議そうに、背後から声をかけた。
「どうした。何故そっちの道へ行く。こっちだろう」
 クロヴィスは立ち止り、ヴァレリーを振り返った。
 何か間違えたのか、と三叉路と、ヴァレリーと、己の進むべき道を順に見つめる。何もおかしなところはない。
「私の家はこっちだろうが」
 さも、当たり前のように言われ、クロヴィスはきょとんとヴァレリーを見つめた。澄んだ碧眼は、ただ純粋に、クロヴィスの進むべき道について疑問を感じているようだ。
 クロヴィスは立ち止り、とりあえずヴァレリーを凝視する。
「どうした。何故立ち止る」
「……いや。悪い。何か、面白くて」
「何か面白いことでもあったか」
 無自覚に言ったのか。
 クロヴィスはついにこらえ切れなくなり、茜の空に向かって笑いだした。
「そういう言葉は、俺ではなく付き合っている相手にでも言ってやれ」
「……」
 その言葉で、ヴァレリーは自らの発した言葉のおかしさに気付いたのか、苦々しく眉間に皺を寄せて、そして両手で顔を覆った。
「今のは、なかったことにしてくれ。お前、家に来るって言わなかったっけ? 言ってない、そうか言ってないな! じゃあチェスでもするか」
「行くぞ! 早く来い!」
 チェスの言葉につられたクロヴィスは、ヴァレリーよりも先に駆けだしていた。


ーーーーーーーーーーーー
ドラゴンと騎士企画より

一部のキャラクターをお借りしています。
登場人物:レダ、ヴァレリー、クロヴィス

クロヴィスとヴァレリーは友達同士でした(過去形)。
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