since 2008/9/17
ネットの片隅で妄想全開の小説を書いています。ファンタジー大好き、頭の中までファンタジーな残念な人妻。
荻原規子、上橋菜穂子、小野不由美 ←わたしの神様。
『小説家になろう』というサイトで主に活動中(時々休業することもある)
連載中:『神狩り』→和風ファンタジー
連載中:『マリアベルの迷宮』→異世界ファンタジー
完結済:『お探しの聖女は見つかりませんでした。』→R18 恋愛ファンタジー
完結済:『悪戯なチェリー☆』→恋愛(現代)
完結済:『花冠の誓いを』→童話
完結済:『変態至上主義!』→コメディー
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別の世界に旅立っちゃうんだぜ
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白刃が鋭く空を切り、騎士の喉元を切り裂いた。銀の鎧は、血飛沫を浴びて鈍く光る。絶命の声を上げる間もなく、それは崩れ落ちた。
背後から切り掛かってきたアグリアの騎士を切り伏せて、クロヴィスは改めて状況を観察する。
既に、勝敗は決したも同然であった。レモラ要塞の部隊はほぼ全滅、捕獲した騎士は皆縄をかけられ、一か所に集められている。ささやかな抵抗が続いているが、すでに要塞としての機能は失われている。
そこここで発ち上る黒煙と、肉の焦げた匂い。咽かえるような香りが、要塞内部には充満していた。強化したブレス攻撃が、見張り台を焼き尽くし、城壁を無残に破壊する。ドラゴン同士の激しいぶつかり合いで、胴体から血を流した味方ドラゴンと、翼の折れ飛べなくなった敵のドラゴンが、城壁の隅で蠢いている。
思いもよらぬ奇襲をかけられ、混乱状態に陥る要塞に、追い討ちをかけるように、イグニア軍の援軍が到着する。要塞制圧のためにあらかじめ増援を要請しておいたのだ。 レモラ陥落も、時間の問題であろう。
そういえば、ニクスは無事逃げられただろうか。彼の見事な一手があればこそ、奇襲成功の筋が見えたわけで。
またどこかで落ちているわけでもあるまい。接近戦に弱いニクスのために、下級騎士二人もつけた。
まあ、逃げ足だけは速いニクスである。落ちたとしても、彼ならばどうにかなるだろう。仮に全く地理に詳しくない場所に落ちたとしても、ニクスならば、そのうちひょっこりと帰ってきそうなものである。
帰ったら、ノルニルには礼を尽くそう。ニクスに射殺されそうだが。
クロヴィスは、開けた要塞中央部へとアリアを誘導し、兵器をそっと下ろさせた。アリアは金色の瞳を瞬かせ、クロヴィスの背中をつついた。
「クロビス、これ」
「良く頑張ったね。いい子だ」
先ほど飛行中に、アリアの翼に矢が掠めたが、幸い、どこも怪我はしていないようだ。安堵して、アリアの角を撫でると、アリアはうれしそうに瞳を細めた。大きな尻尾を振り、甘えるようにクロヴィスの胸に擦り寄る。
「アリア、いい子」
「……っ!」
アリアを労っていたクロヴィスの側面上空から、急降下してくるドラゴンの影があった。薄紅の翼は傷つき、降りるというより、墜ちると言った方が正しいか。手綱をしっかりと握りしめた騎乗者を背に、ドラゴンは地面に激突する。
まずドラゴンがよろよろと起き上がり、咄嗟に上空に回避したアリアを追う。蛇行飛行する敵のドラゴンをおちょくっているのか、アリアは三回転半捻りをしながら急下降して、ドラゴンへ強化ブレスを吐き出して燃やしつくした。クロヴィスが乗っていないせいなのか、見ているだけで内臓がよじれそうな無茶な動きをしている。もはや遊んでいるとしか思えない。
舞い上がる土煙に視界が遮られるが、クロヴィスへ向けられた敵意だけは、隠しようがない。
風圧で土煙を振り払うほど、鋭い突きが繰り出された。素振りをやりこんでいるのか、基本に忠実な綺麗な突きだ。ただ、惜しむべく力不足のようで、一撃が軽い。
クロヴィスの腕を掠めたその切っ先を振り払い、胸当てに強い衝撃を与え、地面に叩きつけた。
「既に勝敗は決している。無駄な抵抗はやめ、降伏しろ」
「うっ……」
冷たく言い捨て、改めて相手の顔を認める。
土を舐めてもなお、アイスブルーの瞳が気丈にクロヴィスを睨みあげていた。
「良い目をする」
下級騎士と上級騎士とでは、力の差は歴然としている。それでいて、なお向ってこようとする姿は、好ましくもあった。向上心があるのだろう、将来、良い騎士になるに違いない。
「……まだっ! 私は、まだ……戦える!」
呻き、地に転がるバトルアックスを軸に、華奢な身体を支えて立ち上がる。クロヴィスは片眉を跳ねあげた。
「私は、ミシェル・ベルナール!」
凛として名乗りを上げ、ミシェルは体を撓らせ、バトルアックスを振り下ろした。
剣よりも斧の扱いの方がなれているのか、迷いなく、クロヴィスの身体を守る鎧狙い、それを破壊しようとしてくる。斧を横に、薙ぎ払うように振るい、クロヴィスを追い詰めた。
先ほどのぎこちなさはどこへ行ったのか、斧を手にしたミシェルは強かった。クロヴィスの剣を受け流し、繰り出す一撃は鋭い。間合いを取り、クロヴィスは冷静にミシェルの動きを観察した。手負いであるにも拘わらず、剣を扱っていた時よりも、格段と動きは良くなっている。
次々と繰り出される攻撃に、クロヴィスは無意識のうちに口の端を釣り上げていた。
もし、ミシェルが今ほど傷つき、疲弊していなければ――そう考えると、自然と背中に冷や汗が滲む。妹と同じ年頃の娘に劣ることはないにせよ、正面からの力勝負は不得手だ。それこそ、斧ごと粉砕できそうなイルにでも任せておけばよい。
だが、勝ち筋はある。
(一撃の後の隙が大きい)
ミシェルの重い一振りを飛びのきかわせば、バトルアックスは空を切り、深く地面に突き刺さった。クロヴィスは甘くなった脇に剣を滑り込ませ、刃を首元へ突き付けた。
「覚えておこう。ミシェル・ベルナール」
そして剣の柄で鳩尾へ強い衝撃を与えると、ミシェルは今度こそ、力なく倒れた。
頭が地面に激突する前に、クロヴィスは彼女の体を支え、横たえた。
(ベルナール……。どこかで、聞いたことのあるような名だ)
鎧を外し、抱きあげれば、驚くほど軽かった。男の筋肉質な身体とは違い、しなやかで、柔らかな身体だ。あれほど気丈に向ってきた彼女が、ひとたび鎧を脱いでしまえばこんなにも無防備なのだ。
雪のような白い肌。長い睫毛に覆われた形のよいアイスブルーの瞳は、今は静かに閉ざされている。さらりと流れる艶のある黒髪と、細い首筋。力を込めれば、簡単に折れてしまいそうだ。
それなりの覚悟を持って戦場に立つ以上、男であれ女であれ、同等だと考えるクロヴィスでも、不意打ちのように女性を意識させられると、倒した後味の悪さがじわりと押し寄せてくる。
しかしミシェルは、なかなかに鍛えがいのありそうな、骨のある人材だ。ミシェル自身も、一見向上心に溢れているように見える。 ただ、現状では昇格を狙うのは難しいだろう。
彼女の上官が誰なのかは知らないが、うまく騎士たちの力を引き出せていないように思える。むしろ、どんなに欠けても代わりはいる、そんな手駒扱いしているような気がするのだ。
まるで、あの豚上官――ブータンディッケのように、未来ある騎士達を使い捨てているかのようで。
逡巡していると、自軍の伝令が視界に飛び込んできた。
「クロヴィス上級騎士、お取り込み中申し訳ありません。連隊長からの伝令です。捕虜を連れ、トリスティス砦へ向かい、そこで先遣隊と合流せよとのことです」
「では、その兵器は?」
秘密裏に開発、運用されようとしていた兵器である。アグリア側もそう易々とイグニア側へ情報引渡しをしないはずだ。現に、レモラ要塞の幹部は、敗色濃厚となった状況下におかれても、要塞の内部に立て籠り、明け渡そうとはしなかった。 その兵器の処遇をどうするだろうか。
クロヴィスが投げかけた疑問の答えは、背後から返ってきた。増援に駆けつけた連隊の隊長である。
「ここからは我々の仕事だ。交渉は君の仕事ではない。御苦労だった、クロヴィス上級騎士」
「……了解」
上官に言われたのでは従うほかない。
クロヴィスは、脱力しきったミシェルの身体を肩に担いで、アリアに騎乗した。
空は次第に白んでいき、彼方の霊峰フィアフィルの稜線が、ぼんやりと浮かび上がっていた。
クロヴィスは、騎馬隊とドラゴン騎乗騎士からなる小隊を率いて、アグリア国境付近に構えられた、イグニア領トリスティス砦へと進行する。
トリスティスは、防衛の要所として構えられた、イグニアの前線を支える砦のひとつだ。
下級騎士であるミシェルは、それほど多くの情報を所持してはいないはずだ。
最初に対峙したあの時、ミシェルは兵器について何も知らなかった。
拷問するまでもないだろうと判断し、賊を囲う牢獄へ、気絶したままのミシェルも送り込んだ。
途中で目を覚ますかと思えば、遂にミシェルはトリスティス砦に到着するまで一度も目を覚まさず、健やかな寝顔をクロヴィスに見せてくれた。
捕虜から没収した得物は、衛兵がまとめて管理している。よくもまあこんなに身体の中に仕込めたものだ、と感心するほど、次から次へと武器が出てくる。
クロヴィスが移送してきた捕虜の他にも、各戦地から、一旦このトリスティスに運ばれ、上級騎士以上は尋問に掛けられるらしい。
クロヴィスに与えられた任務は、捕虜の移送。役目はここで終わりだ。 しかし、長時間の飛行でアリアも疲れている。連続の任務で、クロヴィスの体にも疲労がたまり始めていた。アリアは任務中ゆえか、おかしを強請らず大人しくクロヴィスに従っているが、おそらくそろそろ集中力も切れてくる頃だろう。
冷たい石壁に凭れかかり、チェスの駒を弄ぶ。クロヴィスは牢屋へと続く階段を見つめた。
ミシェルは目を覚ましたころだろうか。
ミシェルが、アリアを見上げた時の目が、何故か脳裏を過る。
気丈な態度でイグニアの騎士たちを睨み上げる一方で、空を飛ぶアリアに、少女のように瞳を輝かせて魅入られているようだった。畏怖と憧れ。それがない交ぜになったような、輝かしい瞳。
ドラゴンが好きなのか。憧れているのか。
状況も弁えず、クロヴィスは密かに口の端をあげる。
ミシェル・ベルナール。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら。
当然なのだ。
エルロンド家も、代々騎士の家系。歴代団長は、把握している。
ベルナール団長閣下のことも、話には聞いていた。
ミシェルはエルロンド家のことを知らないだろうが。
そんなに、ドラゴンが好きか。
ならば、早く上にあがってくればよいのだ。
ただ、今の環境では、彼女が昇格するのは、やはり難しいのだろう。しかるべき戦果をあげられる場でなくては……。
ナイトの駒を弄び、格子から差し込む朝日をぼんやりと眺め、クロヴィスは瞳を閉じた。 帰ったら、アリアの好きなお菓子をあげよう。
了
【ドラゴンと騎士企画】一部キャラクターをお借りしています。
このあと、ミシェルちゃんにチェスの相手をさせて、ヴァレリー様に挑ませたりとか、そんな妄想をしていました。
ミシェルちゃんかわいいprpr
背後から切り掛かってきたアグリアの騎士を切り伏せて、クロヴィスは改めて状況を観察する。
既に、勝敗は決したも同然であった。レモラ要塞の部隊はほぼ全滅、捕獲した騎士は皆縄をかけられ、一か所に集められている。ささやかな抵抗が続いているが、すでに要塞としての機能は失われている。
そこここで発ち上る黒煙と、肉の焦げた匂い。咽かえるような香りが、要塞内部には充満していた。強化したブレス攻撃が、見張り台を焼き尽くし、城壁を無残に破壊する。ドラゴン同士の激しいぶつかり合いで、胴体から血を流した味方ドラゴンと、翼の折れ飛べなくなった敵のドラゴンが、城壁の隅で蠢いている。
思いもよらぬ奇襲をかけられ、混乱状態に陥る要塞に、追い討ちをかけるように、イグニア軍の援軍が到着する。要塞制圧のためにあらかじめ増援を要請しておいたのだ。 レモラ陥落も、時間の問題であろう。
そういえば、ニクスは無事逃げられただろうか。彼の見事な一手があればこそ、奇襲成功の筋が見えたわけで。
またどこかで落ちているわけでもあるまい。接近戦に弱いニクスのために、下級騎士二人もつけた。
まあ、逃げ足だけは速いニクスである。落ちたとしても、彼ならばどうにかなるだろう。仮に全く地理に詳しくない場所に落ちたとしても、ニクスならば、そのうちひょっこりと帰ってきそうなものである。
帰ったら、ノルニルには礼を尽くそう。ニクスに射殺されそうだが。
クロヴィスは、開けた要塞中央部へとアリアを誘導し、兵器をそっと下ろさせた。アリアは金色の瞳を瞬かせ、クロヴィスの背中をつついた。
「クロビス、これ」
「良く頑張ったね。いい子だ」
先ほど飛行中に、アリアの翼に矢が掠めたが、幸い、どこも怪我はしていないようだ。安堵して、アリアの角を撫でると、アリアはうれしそうに瞳を細めた。大きな尻尾を振り、甘えるようにクロヴィスの胸に擦り寄る。
「アリア、いい子」
「……っ!」
アリアを労っていたクロヴィスの側面上空から、急降下してくるドラゴンの影があった。薄紅の翼は傷つき、降りるというより、墜ちると言った方が正しいか。手綱をしっかりと握りしめた騎乗者を背に、ドラゴンは地面に激突する。
まずドラゴンがよろよろと起き上がり、咄嗟に上空に回避したアリアを追う。蛇行飛行する敵のドラゴンをおちょくっているのか、アリアは三回転半捻りをしながら急下降して、ドラゴンへ強化ブレスを吐き出して燃やしつくした。クロヴィスが乗っていないせいなのか、見ているだけで内臓がよじれそうな無茶な動きをしている。もはや遊んでいるとしか思えない。
舞い上がる土煙に視界が遮られるが、クロヴィスへ向けられた敵意だけは、隠しようがない。
風圧で土煙を振り払うほど、鋭い突きが繰り出された。素振りをやりこんでいるのか、基本に忠実な綺麗な突きだ。ただ、惜しむべく力不足のようで、一撃が軽い。
クロヴィスの腕を掠めたその切っ先を振り払い、胸当てに強い衝撃を与え、地面に叩きつけた。
「既に勝敗は決している。無駄な抵抗はやめ、降伏しろ」
「うっ……」
冷たく言い捨て、改めて相手の顔を認める。
土を舐めてもなお、アイスブルーの瞳が気丈にクロヴィスを睨みあげていた。
「良い目をする」
下級騎士と上級騎士とでは、力の差は歴然としている。それでいて、なお向ってこようとする姿は、好ましくもあった。向上心があるのだろう、将来、良い騎士になるに違いない。
「……まだっ! 私は、まだ……戦える!」
呻き、地に転がるバトルアックスを軸に、華奢な身体を支えて立ち上がる。クロヴィスは片眉を跳ねあげた。
「私は、ミシェル・ベルナール!」
凛として名乗りを上げ、ミシェルは体を撓らせ、バトルアックスを振り下ろした。
剣よりも斧の扱いの方がなれているのか、迷いなく、クロヴィスの身体を守る鎧狙い、それを破壊しようとしてくる。斧を横に、薙ぎ払うように振るい、クロヴィスを追い詰めた。
先ほどのぎこちなさはどこへ行ったのか、斧を手にしたミシェルは強かった。クロヴィスの剣を受け流し、繰り出す一撃は鋭い。間合いを取り、クロヴィスは冷静にミシェルの動きを観察した。手負いであるにも拘わらず、剣を扱っていた時よりも、格段と動きは良くなっている。
次々と繰り出される攻撃に、クロヴィスは無意識のうちに口の端を釣り上げていた。
もし、ミシェルが今ほど傷つき、疲弊していなければ――そう考えると、自然と背中に冷や汗が滲む。妹と同じ年頃の娘に劣ることはないにせよ、正面からの力勝負は不得手だ。それこそ、斧ごと粉砕できそうなイルにでも任せておけばよい。
だが、勝ち筋はある。
(一撃の後の隙が大きい)
ミシェルの重い一振りを飛びのきかわせば、バトルアックスは空を切り、深く地面に突き刺さった。クロヴィスは甘くなった脇に剣を滑り込ませ、刃を首元へ突き付けた。
「覚えておこう。ミシェル・ベルナール」
そして剣の柄で鳩尾へ強い衝撃を与えると、ミシェルは今度こそ、力なく倒れた。
頭が地面に激突する前に、クロヴィスは彼女の体を支え、横たえた。
(ベルナール……。どこかで、聞いたことのあるような名だ)
鎧を外し、抱きあげれば、驚くほど軽かった。男の筋肉質な身体とは違い、しなやかで、柔らかな身体だ。あれほど気丈に向ってきた彼女が、ひとたび鎧を脱いでしまえばこんなにも無防備なのだ。
雪のような白い肌。長い睫毛に覆われた形のよいアイスブルーの瞳は、今は静かに閉ざされている。さらりと流れる艶のある黒髪と、細い首筋。力を込めれば、簡単に折れてしまいそうだ。
それなりの覚悟を持って戦場に立つ以上、男であれ女であれ、同等だと考えるクロヴィスでも、不意打ちのように女性を意識させられると、倒した後味の悪さがじわりと押し寄せてくる。
しかしミシェルは、なかなかに鍛えがいのありそうな、骨のある人材だ。ミシェル自身も、一見向上心に溢れているように見える。 ただ、現状では昇格を狙うのは難しいだろう。
彼女の上官が誰なのかは知らないが、うまく騎士たちの力を引き出せていないように思える。むしろ、どんなに欠けても代わりはいる、そんな手駒扱いしているような気がするのだ。
まるで、あの豚上官――ブータンディッケのように、未来ある騎士達を使い捨てているかのようで。
逡巡していると、自軍の伝令が視界に飛び込んできた。
「クロヴィス上級騎士、お取り込み中申し訳ありません。連隊長からの伝令です。捕虜を連れ、トリスティス砦へ向かい、そこで先遣隊と合流せよとのことです」
「では、その兵器は?」
秘密裏に開発、運用されようとしていた兵器である。アグリア側もそう易々とイグニア側へ情報引渡しをしないはずだ。現に、レモラ要塞の幹部は、敗色濃厚となった状況下におかれても、要塞の内部に立て籠り、明け渡そうとはしなかった。 その兵器の処遇をどうするだろうか。
クロヴィスが投げかけた疑問の答えは、背後から返ってきた。増援に駆けつけた連隊の隊長である。
「ここからは我々の仕事だ。交渉は君の仕事ではない。御苦労だった、クロヴィス上級騎士」
「……了解」
上官に言われたのでは従うほかない。
クロヴィスは、脱力しきったミシェルの身体を肩に担いで、アリアに騎乗した。
空は次第に白んでいき、彼方の霊峰フィアフィルの稜線が、ぼんやりと浮かび上がっていた。
クロヴィスは、騎馬隊とドラゴン騎乗騎士からなる小隊を率いて、アグリア国境付近に構えられた、イグニア領トリスティス砦へと進行する。
トリスティスは、防衛の要所として構えられた、イグニアの前線を支える砦のひとつだ。
下級騎士であるミシェルは、それほど多くの情報を所持してはいないはずだ。
最初に対峙したあの時、ミシェルは兵器について何も知らなかった。
拷問するまでもないだろうと判断し、賊を囲う牢獄へ、気絶したままのミシェルも送り込んだ。
途中で目を覚ますかと思えば、遂にミシェルはトリスティス砦に到着するまで一度も目を覚まさず、健やかな寝顔をクロヴィスに見せてくれた。
捕虜から没収した得物は、衛兵がまとめて管理している。よくもまあこんなに身体の中に仕込めたものだ、と感心するほど、次から次へと武器が出てくる。
クロヴィスが移送してきた捕虜の他にも、各戦地から、一旦このトリスティスに運ばれ、上級騎士以上は尋問に掛けられるらしい。
クロヴィスに与えられた任務は、捕虜の移送。役目はここで終わりだ。 しかし、長時間の飛行でアリアも疲れている。連続の任務で、クロヴィスの体にも疲労がたまり始めていた。アリアは任務中ゆえか、おかしを強請らず大人しくクロヴィスに従っているが、おそらくそろそろ集中力も切れてくる頃だろう。
冷たい石壁に凭れかかり、チェスの駒を弄ぶ。クロヴィスは牢屋へと続く階段を見つめた。
ミシェルは目を覚ましたころだろうか。
ミシェルが、アリアを見上げた時の目が、何故か脳裏を過る。
気丈な態度でイグニアの騎士たちを睨み上げる一方で、空を飛ぶアリアに、少女のように瞳を輝かせて魅入られているようだった。畏怖と憧れ。それがない交ぜになったような、輝かしい瞳。
ドラゴンが好きなのか。憧れているのか。
状況も弁えず、クロヴィスは密かに口の端をあげる。
ミシェル・ベルナール。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら。
当然なのだ。
エルロンド家も、代々騎士の家系。歴代団長は、把握している。
ベルナール団長閣下のことも、話には聞いていた。
ミシェルはエルロンド家のことを知らないだろうが。
そんなに、ドラゴンが好きか。
ならば、早く上にあがってくればよいのだ。
ただ、今の環境では、彼女が昇格するのは、やはり難しいのだろう。しかるべき戦果をあげられる場でなくては……。
ナイトの駒を弄び、格子から差し込む朝日をぼんやりと眺め、クロヴィスは瞳を閉じた。 帰ったら、アリアの好きなお菓子をあげよう。
了
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